第69回
文字数 2,425文字
青空、きれい……煉獄のサマーシーズン到来。
快適な汚部屋の底から、インターネットのみんなにむかって吠えていく、夏。
脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、
困難な時代のサバイブ術!
私は一日中ネットをやっており、その内68時間ほどツイッターをやっているのだが、テレビは全く見ない。
テレビとネットは同列で比較されることも多いが、その性質は大きく違う。
簡単に言えば、テレビは落ち着きがない奴には完全に不向きであり、片やネットは落ち着きがない奴のために作られたとしか思えないツールだからだ。
テレビだと、こちらのやる事と言えばスイッチを入れてチャンネルを選ぶぐらいであり、あとは頭カラッポで口を開けて画面を見ていればOKである。他にやることがあるとすれば、たまに口に入ってくる羽虫を取り除くぐらいだ。
落ち着きがない奴というのは、頭カラッポで口を開くまでは得意なのだが「じっと画面を見る」というのが非常に苦手であり、気づいたら羽虫を自ら追いかけに行ってしまうのである。
もう少し落ち着きがあるタイプでも、ちょっと退屈だと思ったらチャンネルをザッピングしまくり、3分ぐらいで「おもしろい番組ねえな」と言ってテレビを見限り、羽虫を追いかけに行ってしまう。
片やネットというのは、永遠にザッピングできる装置である。
そしてその間ずっと手や指を動かしていられるため「ケツは重いが頭と手の落ち着きがないタイプ」とは最高に相性がいい。
このように、テレビは割と受動的だが、ネットは能動的なのである。
そのため、同じニュースを見るにしても、テレビは「今ホットなこと」をノンジャンルで強制的に見せられるが、ネットでニュースを見る場合、数ある見出しの中から「俺の中でホットそうなもの」を選んで見るため、前にも書いたが情報が偏りがちという問題がある。
むしろネットを「情報収集に使わない」という選択すら有り得る。
ネットやパソコンはテレビに比べ用途が遥かに広く、仕事や勉強、コミュニケーションなど様々な有益なことに使うことが出来る。
逆に言えば鬼女板を一日ROMるなど、無益なことにいくらでも時間を使えてしまうのだ。
ひきこもりといったら、一日中暗い部屋でネットに向かっているというイメージがあるかもしれないし、事実そうだったりする。
しかし、何度でも言うが、確かにひきこもりはカーテンを閉めている率は高いが電気ぐらいつける。
電気を消すのは「公安が俺を監視している」など、ひきこもりとはまた違うステージに行ってしまった者だ。
だが、ひきこもりが一日中ネットやパソコンに向かっているとしても、何をやっているかは人それぞれである。
仕事や勉強をしている者もいれば、一日中駆け出しアイドルのリプ欄に粘着している者もいるのだ。
ネットの普及によりひきこもりが増えた、という説もあるが、昔であれば家にひきこもった瞬間即社会や他人と断絶だったのに対し、ネットが現れたことにより、ひきこもりながらも社会や他人と繋がりを保てるようになったとも言える。
しかしネットをどう使うかの選択権は本人にあるため、成功すると卑猥な絵が出てくるブラウザブロック崩しゲームに一日興じたりと、ずっとネットをやりながら何とも繋がらないということも可能なのだ。
つまり、ネットをどう利用するかでひきこもりの明暗が分かれると言ってもいい。
有益に使おうと思えばいくらでも使えるが、無限に時間をドブに捨てられるというのもネットの特徴である。
卑猥な絵が出てくるブロック崩しゲームなどの誘惑に耐える精神力がひきこもりには求められるのだ。
そういった意味では、羽虫追いかけタイプの私は全くひきこもりに向いていない。
会社をやめて、執筆の仕事がはかどるかと思いきや、逆に卑猥なブロック崩し系の方に時間を無限に捨ててしまい、逆に今の方がスケジュールが厳しくなっている始末だ。
時間を自由に使える、自分のペースで仕事ができる、というのはひきこもりやフリーランスの最大の利点だが、最大の欠点でもある。羽虫追いかけタイプがフリーになると、全く時間がコントロール出来ず仕事が破綻するのはもちろん、食事や睡眠の時間も破天荒になってしまい、健康まで害してしまう可能性もある。
刑務所は自由が全くないが、その分強制的に規則他正しい生活をさせられるため健康にはなる、と言われている。
会社勤めは不自由だが、給料が保証されている上、無料で、ある程度スケジュールを管理してもらえていると言えなくもない。
他人の目があるのも煩わしいが、他人の目があるからこそ辛うじて律することが出来ていることも多々ある。
よって他人の目がなくなると前述の通り、生活が乱れ健康を害す、もしくは健康だけど、心身共にゴリラになる可能性があるのだ。
だからゴリラ化を防ぐため、フリーランスの中には「監視役」として人を雇っているものもいるらしい。
逆に言えば、社会に出るだけで、無料で監視役を使えるということである。
羽虫追いかけタイプにとってこれ以上得なことはない。落ち着きがないと自覚がある人間はひきこもりになる時は、慎重に考えてみてほしい。
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中