書店員がガチ推薦! 今月の平台 『チェリー』/ニコ ・ウォーカー

文字数 1,099文字

「平台」とは、書店の売り場で特に目立つ売り場のこと。


このコーナーではそこで「売りたい」イチオシ本を1冊PickUp!!


業界で働く書店員によるガチ書評をお届けします。


ときわ書房の宇田川さんがオススメする今月の1冊は……ニコ ・ウォーカー 『チェリー』!

堕ちる。堕ちていく。堕ちたいわけではない。けれど堕ちて堕ちて、みるみる破滅に近づいていく──。


こう書くと、ろくでなしの登場人物が罪を重ねながら奈落へと向かうノワール作品のようだが、ニコ・ウォーカー『チェリー』の印象は、確かに犯罪小説的な面はあるものの、まったく異なる。軽い。思わず苦笑してしまうほど軽はずみな若者が身を持ち崩していく物語なのだ。


一九八五年、クリーブランドに生まれた著者は、大学を中退すると陸軍に志願。イラク戦争では二〇〇五年から翌年にかけて衛生兵として七つの勲章をもらうほどの仕事ぶりを発揮するも、帰国後、重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症。この苦しみを癒すためにヘロインや麻薬系鎮痛剤に手を出して中毒になり、そして二〇一一年、連続銀行強盗犯として逮捕されるに至る。


本作は、そんな著者が獄中で四年半をかけて書き上げた小説で、主人公の“俺”が辿る人生も、ほぼそのまま。どうして大学をドロップアウトした若者は、戦争を経験したのち、ヤク中の銀行強盗になってしまったのか。その顚末が描かれた自伝的要素の強い内容になっている。


タイトルは“新兵”を意味する俗語で、戦争とドラッグがひとの人生をどれだけ激しく歪め、痛ましく狂わせてしまうのかが綴られた、現代アメリカ社会の悲劇の一端を映し出した書として捉えることもできるだろう。


だが、この作品が本国で「『ジーザス・サン』とタランティーノに比すべき一冊」、「若手アメリカ作家には近頃めずらしい、文学講座の臭いがしない純文学作品」といった賛辞を集めたのは、なによりも、類のない哀しき青春文学として大きな衝撃を与えたからにほかならない。


小説作法に則った──とはいい難いその独特な読み心地は、若者の止まらないつぶやきを目の前で聴かされているようで、磨き抜かれていない、整え切れていない、粗削りだからこそ迫る生々しさがある。


そしてだからこそ、根は悪い奴ではないのに呆れるような軽率さでみるみる堕ちていくダメな“俺”が抱える、どうにもやり切れない寂しさと諦念、薬への依存と杜撰な犯罪を鼻で笑う気にはなれなくなる。哀しく愚かしい憎めないこの弱さが、身につまされてならなくなるのだ。

Written by

宇田川拓也

 (ときわ書房本店)

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