第37回

文字数 2,537文字

流石にちょっと寒すぎる。厳冬にこそひきこもり。

ガンガン部屋を熱して乗り過ごしましょう、コロナ・ウインター。


どんな季節も自室に籠城、

インターネットが私たちの庭なんです。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

ひきこもり生活というのは、コミュ症にとって、身の周りの事が自分1人で出来る内は非常に快適なものである。


問題は自分一人では手に負えない事態が起こった時である。

長いことひきこもりを続けていると、外部との接触が100均のスマホ充電器ぐらい脆弱になっているため、まず「助けを求める相手が思い浮かばない」し、思い浮かんだとしても「全員故人」というケースが出てくる。


仮に当てがあったとしても会話能力も衰えているため、自分の言葉で「たまたま全裸で腰を降ろしたら、たまたメトロン星人のソフビ人形があり、そのアナルに入るためにデザインされたとしか思えない形状から、ジャストフィットしてしまい抜けなくなったので、助けてほしい」などと、状況を相手に理解してもらうことができなくなっている。


さらに、昔エヴァで鳴らした綾波レイさん(89)も「半世紀以上ぶりにコックピットに入ると緊張する」と言っていたような気がするように、長く触れてないものに触れるというのは、緊張と恐怖を伴うものである。

さらに相手が「人間」という、ある意味この世で最も恐ろしいものであればなおさらだ。


ちなみに「一番恐ろしいのは人間」ということは、「映画デビルマン」が端的に表現していると思うので参考にしてほしい。


よって、長年ひきこもっていた自分が助けなど求めても、相手にされないのではないか、怒られるのではないか、最悪猟友会に連絡が行ってしまうのではないか、という悪い想像ばかりが膨らみ、なかなか救援要請に踏み切れなかったりするのだ。


そして、自分で助けを求めに行けるなら良いが、助けに来てもらわなければいけない時に発生する問題が「周囲の状況」だ。


簡単に言えば「部屋の汚さ」である。


「部屋が汚くても死にはしない」というのは、部屋が汚い奴の常套句だと思うが、はっきり言って「死ぬ」。

最近それが良く分かる出来事があった。


「朝起きたらパソコンの電源が入らなかった」


ただそれだけのことなのだが、このパソコンには、途中まで進んだ原稿のデータや、既に仕上がったもの含め「全て」が入っているのである。


そして私は「常に緊張感を持って仕事をしたい」というタイプなのでバックアップなどという命綱、またはコンドームは用意していない。


簡単に言えば「死」である。

もしデータが復旧できなければ、来月あたりの仕事が2、3個飛んで、餓死しかねない。

しかし、幸いパソコンは朝起きたら一握の砂になっていた、というわけではなく、ただ電源がつかなくなっただけだ。

修理すればまだ活路はある。


問題は誰が修理するかという点だ。

私はこれだけパソコンおよびインターネットに依存しているが、パソコンの知識はほとんどない。


たまに諸外国で素人が良かれと思って美術品を修復しようとして、ピクシブでブクマが2しかつかないような別作品に書き換えてしまうという事故が起こる。

つまり、素人の修理というのは「破壊」を意味するのだ。


私も出来ればDIYで何とかしたいと思い、コンセントが鼻やケツ以外に刺さっていることを確認し、パソコンに付着している埃を落とすなどはしてみたが「埃すら多すぎて取り切れない」ということがわかっただけで、当然電源はつかないままである。


一刻も早く修理を頼むべきなのだが、前述通り、しばらく外部の人間と接触していなかったため、業者に電話をかけるのにすら一時間程度の躊躇が生まれてしまった。

心肺停止しているのがパソコンではなく人間だったら、確実に手遅れになってしまっている。


そして、救助要請を迷った理由はもう一つある。

「部屋が汚い」のだ。


とても自分以外の生命体を入れて良い部屋ではない。

緊急事態にそんなことを気にしている場合かと思うかもしれないが、この「世間体」を気にして死ぬ人は結構いるのである。

風呂に入っている間、火事が起こり、せめてヒートテックぐらいは着てから逃げようとして逃げ遅れたり、生活に困って福祉の助けを借りようにも、汚い家に家庭訪問されるのが嫌で申請できなかったりするのだ。

ちなみに我が実家でも、部屋が汚すぎて人を入れられず親父殿の介護認定が受けられないという問題が起こっている。


このように「他人を入れられない家からは事件と死人が出やすい」のである。


こんな大事な時になりふり構っていられるか、と言われるかもしれないが、認知症の老人ですら、他人が家に来た時はCEOみたいな顔つきになるという。

「世間体」というのは死ぬまで残るし、日本人は特にそれを大事にするため、「外聞」を気にして死んでいく人間はかなり多いと思われる。


結局私も、部屋を掃除するのにさらに一時間かかってしまった。


幸い相手はパソコンだったので二時間ほどロスしても息を吹き返すことが出来たが、人間だったら確実に死んでいる。


また、我が家はまだ私の部屋だけが汚いだけだったので何とかなったが、もし玄関から私の部屋までも腐海に飲まれていたら「諦めていた」と思う。

諦めた先は餓死である


もしひきこもりになるなら、コミュ力が落ちるのは仕方がない。

しかし、部屋はキレイにしておけ、これで助かる命がある。

★次回更新は1月15日(金)です。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

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