指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。

文字数 2,507文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼

この記事の文字数:1,566文字

読むのにかかる時間:約3分08秒

文・構成:ふくだりょうこ


■POINT

・ある作家の死から始まる不思議な共同生活

・ミマサカカオリは誰だ?

・誹謗中傷は人を殺す

■ある作家の死から始まる不思議な共同生活



「九十九人が褒めてくれたって、たった一人の批難が頭から離れない」


悪い言葉はどうしていつだって大きく、強いのだろう。


綾崎隼による描きおろし小説『死にたがりの君に贈る物語』。SNSで話題を呼び、発売後すぐに重版がかかった話題作だ。

熱狂的なファンを持つ小説家・ミマサカカオリ。ミマサカのSNSのフォロワーは30万人、デビュー作の『Swallowtail Waltz』シリーズは実写映画化、ドラマ化、アニメ化され、それぞれ人気を呼んだ。しかし、アニメ放映中に発売されたシリーズ第5巻でヒロインが死ぬとSNSは大炎上。



執筆が途絶えた1年後、ミマサカのSNSに突然の訃報が投稿され、ファンたちに衝撃を与える。さらには作品に心酔していた少女が自殺を図るまでの事態に。


その後、ミマサカの熱狂的なファンである7人の男女がある山中の廃校に集う。ミマサカの小説をなぞりながら生活をし、未完となったシリーズの結末を探るためだった。

愛した作家の訃報を悲しみながらも、どこか高揚感を抱えながら生活する彼らの前に、ある事件が起きる。

亡くなったミマサカカオリの未公開原稿の一部が無造作に置かれていたのだ。

■ミマサカカオリは誰だ?

ミマサカカオリは死んだ。しかし、未公開原稿が現れたことで7人のうちのひとり、佐藤友子が「ミマサカは死んでいないのではないか」と言い出す。ミマサカは実は生きていて、わざとファンの前に未公開の原稿を置き、読者がどんな反応をするのか楽しんでいる。つまり、この7人の中にミマサカはいるのではないか、と。

誰も佐藤友子の意見を誰も取り合わないが、その問題提起はみんなの心を戸惑わせる。また、読者にも誰がミマサカなのか、という問いを投げかける。

さらに佐藤はずいぶんとひねくれているようで、他の参加者6人に所かまわず噛みついていく。ミマサカの死が原因で自殺を図った中里純恋には「狂信者」と言い、参加者たちに分け隔てなく接する山際恵美には「偽善者」「男に媚を売っている」と言う。ほかの参加者には「お前がミマサカカオリじゃないのか」と決めつけたり……そうして、7人いた参加者はひとり、またひとりとそれぞれの理由で離脱していき、最終的には佐藤と純恋が残る。そこでふたりが交わした会話とは?

■誹謗中傷は人を殺す

多くの読者を魅了したミマサカカオリはどのような人物だったのか。

まずミマサカは人を信用していない。

担当編集者にも会ったことはないし、意図せぬ形で電話で一度話しただけ。性別さえも教えていなかった。家族環境が影響し、彼女は家族も信用していない。友達もいない。そんなミマサカの心のよりどころは小説を書くことだけだった。否定されたら。面白くないと言われたら。そう恐れながらも応募した文学賞で大賞を受賞。作家として華々しい人生がスタートしたはずだった、が、炎上により彼女は自分や出版社に向けられた誹謗中傷を目にする。

信用していない、という警戒心だけでは自分の心を守ることはできずに、画面越しにいくつもの刃を突き立てられることになる。


SNSでの誹謗中傷が問題視されているのは今に始まったことではない。が、いまだにそれは世界中の至るところで毎日のように起こっている。見なければいい、気にしなければいい、という話かもしれない。しかし、いじめられているときに「気にしなければいい」の一言で済むのだろうか。画面越しの世界に対して、私たちはあまりにも無邪気すぎはしないだろうか。

画面の向こう側にいるひとりの人間が少し配慮するだけで、人生に絶望したひとりの少女を助けられる場合もある。指から出かかった悪意ある言葉を止めることで、救われる心があるはずだ。

今回紹介した本は……


死にたがりの君に贈る物語

綾崎隼

ポプラ社

1870円(1700円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)

猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)

指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)

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