[novel]『俺たち青春浪費中、魔法少女と世界を救う。 』特別公開!

文字数 5,227文字

俺たち青春浪費中、魔法少女と世界を救う。

 著:佐藤 悪糖 イラスト:紙魚丸

 雨城大学に通う棗裕太の大学生活は、薔薇色とはかけ離れたものだった。周囲にいるのは恋愛とも遊びともまるで縁のない18人のむさくるしいボンクラども。万年空き教室に集っては怠惰にだべり続け、日が沈むころには安居酒屋になだれ込んで酒浸りの日々。まさに、灰色のキャンパスライフ……のはずだった。謎の同級生灰原(若干パリピ)とあの、魔法少女に出会うまでは!


 大体コメディ、時々シリアス。魔法少女のおかげで、灰色のキャンパスライフが一転(?)したボンクラ大学生たちの運命は? レジェンドノベルス・エクステンドが贈る、異色の青春ストーリーを、好評につき冒頭数十ページを特別公開!


 とかく、大学とはきらびやかな場所であった。

 つい学問の道を志したはずの新入生も、サークル勧誘の毒牙に潰えて幾星霜。いまや我が同胞は、酒たんできに遊びにの日々に耽溺し、未来を削る自覚もなく快楽を貪る餓鬼と化した。本来ならば未成年のアルコール摂取は許されない。されど大学生とは獣である。獣に道理は通じぬ。彼らはただ欲望のままに酒を喰らう。肉を喰らう。そして性をも喰らうのだ。

 なんと惨憺たる光景か。かような輩どもが未来の国府を担うというのか。

 そんな狂気渦巻く最高学府に危機感を覚え、集まった男たちがいた。

「諸君。聞いてほしい」

 東館二階の空き教室、E二〇四号室。学徒の授業料を吸い上げて、いたずらに繰り返された増改築が生み出した万年空き教室に、我らは集まっていた。

 総勢十八名を誇る、雨城大学の最精鋭。名を、灰色の男たちという。

 何もさる名作児童文学がごとく、人々から時間を奪っているわけではない。むしろ俺たちは時間を持て余している。灰色とはそのもの、バラ色のキャンパスライフに対極を取る色彩だ。

 つまるところ、きらびやかな大学生活に乗りそびれた連中であった。

「目を閉じてくれ。そうだ、目を閉じるんだ。警戒するな、目を閉じている間に金を奪ったりはしない。タバコもだ。だから安心しろ。いいから目を閉じろって言ってんだろ。……ああもう、分かった、俺が悪かった。目は開けたままでいいから聞いてくれ」

誰ひとりとして目を閉じようとしなかったので、渋々俺が折れた。

 この協力しようという気概の一切ない連中である。何故俺がかような奴らの先頭に立っているのだろうか。それは誰も先頭に立つ気がなかったからだ。気概もなければやる気もない。不甲斐ない連中であった。

「灰色にくすぶる男たちよ。諸君らは深海魚である。海の底に沈み込んだ日々を持ち上げようともマージャンせず、海底に散らばる餌を拾い集めるみすぼらしい深海魚である。麻 雀 と酒に日々を費やし、何一つ生産性のない日々に埋没する深海の死骸漁りである」

 ブーイングが上がる。やる気のない連中も、こき下ろされれば反応の一つもするらしい。

 その反応に俺は満足した。なけなしながらも、彼らはまだプライドを捨てていない。結構なことだ。

「されど安心されたし。夢と希望を失って久しい諸君らに、この俺が夢と希望を与えよう。夢と希望だ。英語にしてドリーム・アンド……。なんだったか?」

「ホープ」

「そう、ホープ。ドリームとホープ。なんか英語にすると安っぽいな……。ええい、夢と希望だ。夢と希望をくれてやる!」

 わっ、と歓声が上がる。なにせ夢と希望だ。誰だって欲しいだろう。彼らは基本的に何も考えていないので、何かをやると言えばとりあえず喜ぶ。つい先日、「キャベツ太郎」を二袋与えたら狂うたげ

 喜乱舞の宴が始まったことは記憶に新しい。

「これは一種の宣誓だ。そして同時に、我らの未来を大きく左右する決断でもある。この 棗裕太に賛同するものよ、その拳を高く掲げることを望む。良いか、よく聞け」

 いいからはやくしろー、と野次が上がる。男たちのボルテージは最高潮に達していた。 高々と雄たけ叫びをあげ、オリンピックのテーマソングを歌い出した。無駄にビブラートを効かせた野太い歌声が耳孔を汚したが、誰も気にしなかった。

 それに気を良くし、俺は口元をにやりと歪ませた。

「諸君。──共に、プニキュアにならないか」その一瞬。

 教室からは物音一つ消え失せ、男たちの表情は抜け落ちた。

 空白に染み入るように浮かぶ表情の色は、失望。諦観。何言ってんだこいつ的なアレ。とたん教室を埋め尽くす灰色の感情に、俺は慌てて言葉を継いだ。

「待てよ、お前らだってプニキュアになりたいだろ。この前そう言ってたじゃないか!」 だがどれほど希おうと、俺たちはプニキュアにはなれなかった!

 それは何故か!

 踏み出さなかったからだ!

 ならばこの俺が諸君らに立ちはだかる壁を打ち破ろう!

 さあ、プニキュアを始めるぞ!

 灰色の男たちよ、深海の日々はもう終わりだ!    共にプニキュアとなり、世界を救おうではないか!」

 一人、また一人と、教室を後にする。バイトがあるから、ゲームしたいから、と理由を置いてそそくさと。

 彼らの中では今日の集会はお開きになったようだ。いつもこうだった。俺が何かをしようと持ちかけては、結局何もせずに解散する。ゆえに彼らは灰色の男たちであり、同じく何もできない俺もまた灰色の男なのだ。

 無力感に打ちひしがれながら帰り支度を進める。もうあんな奴らのことなど知るか。このササクレた感情は、チキンラーメンに卵を二つ落とすまで決して収まらない。ネギもだ。今日のラーメンにはネギをたんまりと乗っけてやるのだ。

「なあ、ナツメ」

 呼びかけられる。誰もいなくなったと思っていたが、まだ一人残っていたようだ。

 鋭い眼光を放つ灰色の男。その名を、灰原雅人という。

「あいつらのことは放っとけよ。奴らの灰色は上辺だけだ。無聊 を慰めに集いこそするが、戦力になる気など露ほどもねえ。いつだって世界を変えるのは俺とお前だった。そうだろ?」

 そうだろ? と言われても正直困った。灰原とは大学入学以来の付き合いだが、特にこいつと世界を変えた覚えはない。

 灰原雅人という男は、外見だけならば極めてパリピであった。派手なアロハシャツと膝下まであるハーフパンツ。トドメにクロックスだ。やる気の無さを絶妙に偽装した装いであったが、無造作に見えてきっちりセットされた金髪が添えられると話は変わる。野良猫のように粗雑な雰囲気と、真摯と好奇の二色を宿した瞳。そこから繰り出される寸鉄は、女子からの人気をそこそこに博していた。バラ色のキャンパスライフを征くには十分すぎる素質を持っていたが、彼は灰色の男となることを選んだ。曰く、こっちのほうが楽しそうだから。上辺だけの灰色というなら、こいつの灰色はまさしくそれだった。

「なあ、ナツメ。聞かせてくれよ。どうしてプニキュアなんだ」

「おいおい、言わせるつもりか?    むしろどうしてプニキュアじゃないんだ?」

「念の為だ。俺たちが目的を同じにする  士  ならば、協力するのもやぶさかではない」 灰原は挑発的な目で俺を見る。何故だか彼は十年来の戦友のような雰囲気を醸し出していた。いつものことだ。学内において、ノリと勢いはしばしば交友期間を凌駕する。ふう、と俺は息を吐いた。

「明日提出の課題を忘れられるなら何でも良かった」

「分かる」

 がっしりと握手が交わされる。そういえばこいつも俺と同じ講義を取っていたか。同じ腐れ大学生同士、考えることは同じである。

「とは言え正気の沙汰じゃねえな。いい年した野郎がプニキュアなんて、筆舌に尽くしがたいアホだ。何故ならお前はプニプニでもキュアキュアでもないし、プニプニでもキュアキュアでもないからだ」

「二度言うか」

「プニプニでもキュアキュアでもないからだ」

 三度目は閉口した。分かっているさ。俺がプリティでもキュアキュアでもないことは。されど、やらねばならぬのだ。

 棗裕太、二十歳。雨城大学の二回生。ジーパンとパーカーを無二の友とし、適当に寝癖を跳ねただけの黒髪を持つ。典型的なやる気のない大学生、それが俺だ。

「安心しろ、止めやしねえよ。遠目に笑うなんて小狡い真似もナシだ。ナツメ。お前がやると言う

 ならば、俺も一緒に踊ってやる」

「灰原……。お前、課題あと何ページ残ってるんだ」

「全部」

「行こう」

「行こうか」

 そういうことになった。


 *****


 そんなわけで。

 明日の課題から逃げ出した俺たちは、プニキュアとなって世界を救うことにしたのだ。

「なあ、ナツメ。お前なんで衣装持ってんだよ」

「姉のお下がり」

「姉のお下がり    」

 何を隠そう、俺がまとっているのは一シーズン前に放映されていたプニキュア衣装だ。ピンクだから多分主人公。実を言うと最近のプニキュアはよく知らない。

 ひらひらのリボンを風になびかせ、威風堂々と街を征く。時折すれ違う人からは、「うわなんだこいつ」的な生暖かい視線を向けられていた。

「うちの姉貴がコスプレ趣味なんだよ。で、この前、もう着ないからと押し付けてきた」「その姉にしてこの弟ありか」

「褒めるな褒めるな」

「謙遜すんなよ。お前がナンバーワンだ」褒められた。わーい。

なお、さすがに灰原の分の衣装はない。なのでこいつは、ドンキで買ってきた着ぐるみを着ていた。ポケットに手を突っ込み、路上喫煙を颯爽とキメながら街を練り歩く着ぐるみ男。うむうむ、これぞ大学生である。

「すまんなー、ナツメ。俺もできればプニキュアになりたかったが、マスコットが限界だったわ」

「その格好でマスコットと言い張るか」

「ナツメ!    危機が迫ってるポヨ!    早くしないと大変なことになるポヨ!」

 灰原は想像を絶するアレな声を出した。あまりの想像を絶するアレさに、俺は不覚にも正気に戻った。

 少しバツが悪そうに、灰原は言う。

「……悪い、忘れてくれ」

「いや……。俺も拾えなかった。許せ」

「ダメだな……。俺たち、こんな調子で世界救えんのかな」

「無理かもしれんな……」

無性に敗北感を覚え、肩を落としながら街を歩く。吹きこんだからっ風がスカートの内側に潜り込み、むき出しの太ももをぞろりと撫でた。

 そうは言っても馬鹿である。三歩も歩けば気を取り直し、六歩を進む頃にはウキウキでスキップを刻む有様だ。通り魔的探究心を持って街行く人に絡んだり絡まれたりしながら、俺たちは日が暮れるまで浮かれ騒いだ。

「ナツメー。俺、まぜそば食いたい」

「この服で汁物は勇気溢れすぎだろ」

「だって俺たちプニキュアだし」

「違いねえや」

 俺と灰原はキャッキャと笑う。手元には、学友に押し付けられたストロングゼロの空き缶なんかも持っていた。下手人どもは飲酒するプニキュアの姿が見たかったらしい。まあようするに、俺たちはできあがっていたわけだ。

 だからソレが起きたときも、アルコールに浸った俺の脳は、正常な感情を呼び起こさなかった。ドン、と大きな音が響く。へらへらと締まりのない笑みを浮かべながら、俺たちは振り返った。そして、ソレを見た。

「あ?    なんだあれ」

「いや……。なんだ?    あれ、なんだ?」

 衝撃、轟音。ベキバキと何かが倒壊する音。それから、小さな悲鳴。

 突如あたりに立ち込めた霧の向こうで、二つの影が戦っているのがぼんやりと見える。 気がつけば、見慣れたはずの街並みには人気がなく、遠くで何かが戦う音だけが聞こえる。静寂に包まれた街中に響き渡る暴力の音は、非日常を強く意識させた。

 異空間。そんなあやふやな言葉が、とたん現実味を伴って匂い立つ。異様な光景であった。

「灰原、悪い。俺ちょっと飲みすぎたみたいだ」

「奇遇だな、俺もそうなんだ」

「ひょっとして俺たちの物語始まった?」

「世界を救う大冒険始めちまうかー」

 このときはまだ、そんな軽口を交わす余裕もあった。どうせこれもアルコールが見せた幻覚だろう、と。

 だが、霧の奥で戦っていた小さな影が俺たちのほうに吹き飛ばされてきたとき、そんな余裕も吹き飛んだ。

 小さな影は空中でくるりと回転し、俺たちに背を向けて着地した。

 それは純白の少女だった。背丈は中学生くらい。銀糸のショートボブに光燐をまとい、白を基調    としたひらひらのドレスに身を包む。全身は傷だらけだ。吐く息も荒い。抜けるように白い肌が、激しい運動のせいでほのかに紅潮していた。

 魔法少女だ。俺と灰原は、どちらともなく呟 いた。

「生き残りですか。もしまだ戦えるようでしたら、申し訳ありませんが救援を──」

 傷だらけの魔法少女は、純白の剣を片手に勢いよく振り返る。

そして、俺と灰原。仮装したプニキュアと、路上喫煙着ぐるみ男。俺たちの姿をたっぷり二周は見回して。

「変態だー」

 聞く人が聞けば通報しそうな悲鳴をあげたのであった。


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