イノシシがお好き?

文字数 998文字

 知り合いに「地球人のふりしてるけど絶対このひと宇宙人」、と思う人がいる。文字どおり面白い人なので、あるとき彼をモデルに短編を書いた。ところが、その作品が色々あって掲載されないことになってしまった。作品がつまらないとか理由はそういうことではなかったので、何か解せないものが残った。が、はたと私は思い出した。その彼に「あなたをモデルに話を書いてる」と言ってしまったことを。……冗談でなく、宇宙人? 冷や汗が出た。私の作品がもとで侵略計画がバレたら困るから、特殊な力を使って出版界を動かしたに違いない。事実、その時の担当編集者は半年後に私に連絡もなく消えてしまった。
 しかし、書くなと言われるほど書きたくなるのが物書きの性。もう一度どこかで、地球にいる宇宙人の話を書きたいと私はチャンスを待った。その機会がやってきて、恐る恐る書いてみたところ、今度は無事、文芸誌に掲載された。さすがに宇宙人も全ての出版社にコネはないようだ。しかしここで安心してはいけない。また派手に「宇宙人はあなたの隣にいるよっ」と書くと、再び発禁になる恐れがある。彼らの目に留まらないよう、万が一読まれても、このぐらいなら許そう、と見逃してくれるぐらいの、宇宙人がカメオ出演している短編をシリーズで書き連ねた。最後には、それが出てるか出てないかもわからないイノシシが主人公の話を書いてしまった。それが「万次郎茶屋」だ。自分でもなにをやっているのかわからなくなってきたが、単行本化が決まった。そして本の題名はどうしようか、となった。ヘタに付けると、また危機感を抱いた宇宙人に難癖つけられて回収なんてことにもなりかねない。私が悩んでいると、当時の編集長が、
「『万次郎茶屋』で、いいんじゃない?」
 と笑顔で言った。確かに。それが一番無難だ。さすが! と私はジミー編集長の顔を見たが、ドキリとした。この人もしかして……? 宇宙人はイノシシが好きらしい。



中島たい子(なかじま・たいこ)
1969年東京都生まれ。多摩美術大学卒業。放送作家、脚本家を経て、2004年「漢方小説」で第28回すばる文学賞を受賞。著書に『かきあげ家族』『パリのキッチンで四角いバゲットを焼きながら』『ぐるぐる七福神』『院内カフェ』『がっかり行進曲』などがある。



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