大坂冬の陣 完全ガイド② アルパカブックレビュー

文字数 2,912文字

日本の歴史に残る有名な合戦を活写&深堀りして大好評の矢野隆さんの「戦百景」シリーズ

第7弾は、戦国時代の終焉を飾る大合戦を描いた『戦百景 大坂冬の陣』です!


「戦百景」シリーズとは…

第1弾『戦百景 長篠の戦い』は「細谷正充賞」を受賞!

第2弾『戦百景 桶狭間の戦い』

第3弾『関ヶ原の戦い』

第4弾『川中島の戦い』

第5弾『本能寺の変』

第6弾『山崎の戦い』


と、有名な合戦を深堀りしてリアルタイムで描く、矢野隆さんの人気シリーズ!


第7弾『大坂冬の陣』の刊行にあたり、ブックジャーナリストのアルパカさんこと内田 剛さんが入魂のレビューをよせてくださいました! 

これから読む方にも、読んだ方にもおすすめの、物語をより楽しむための作品ガイドです!

『戦百景 大坂冬の陣』矢野隆・著 読みどころ/内田 剛


 圧倒的な臨場感で戦国時代の合戦の真実を活写した人気シリーズ「戦百景」であるが、本書「大坂冬の陣」が第7弾となる。これまでのシリーズ作品同様に、命懸けで闘った武士たちの肉声が活き活きと伝わり、血湧き肉踊る戦闘シーンだけでなく、深慮遠謀を企てる心理戦の模様もまた迫真。まるで戦国時代の戦場にタイムスリップしたかのようにリアルに伝わってくる。


 物語は戦場の主役となった武将たちが次々と登場し、それぞれの視点から「大坂冬の陣」を俯瞰する群像劇であるが、際立った読みどころは徳川家康と淀の方、ふたつの強烈な個性のスリリングなぶつかり合いであろう。将軍を退いても大御所として権勢を振るう家康に、真っ向から対峙した淀の方。戦国の世は武骨な男たちばかりが切り開いたのではない。亡き太閤秀吉の妻としての意地を貫き、実質的な大黒柱として豊臣家を率いた力量は類まれなるものであった。


 冒頭は徳川家康のパートだ。「大坂冬の陣」は1614年だが、時計の針は1598年までさかのぼる。死の床にある豊臣秀吉から、幼き秀頼の行く末を頼まれるシーンである。戦国の世を共に戦った盟友であり、唯一勝てなかった男の哀れな最期の姿は家康の脳裏にも強く刻まれたであろう。最大のライバルである秀吉亡き後、家康にとって最も恐れていたのは自らの老いと死。まさに時間との闘いでもあった。 


 家康が豊臣家を滅ぼす決断に至った契機は、1611年の19歳となった秀頼との直接の対面であった。偉丈夫に成長した青年・秀頼の姿に家康は動揺する。秀頼を天下人が恐れるまでに育てあげたことは、母・淀の方を称えるべきではないか。ともあれ秀頼が関白になれば、徳川家の脅威となることは間違いない。


「秀忠よりも、目の前の小僧の器の方が何倍も大きい」(P51より)

 この心理描写からも大御所というより、父・家康としての感情の吐露が伝わり、人間的な側面が見えてくる。


「大坂の陣」は徳川一門の未来のために、必然性のある戦いだったのだ。戦国の世の習いであるが、徳川家と豊臣家も政略婚で親戚関係にあった。秀忠の子、すなわち家康の孫である千姫は秀頼に嫁いでいる。血の繋がりがある千姫の命だけは助けたい。肉身への情か、それとも恒久の平和か。究極の選択を迫られた家康が下した決断は後者であった。戦乱の世で幾度も修羅場を潜り抜けてきた者だからこそ、尋常ではない覚悟も培われたのであろう。百戦錬磨の家康の恐るべき執念が、淀の方と秀頼を軸とする豊臣家に凌駕した。これが最終的に生死を分けた最大の理由なのだろう。


 結びの章である「淀」に人間・淀の方の偽らざる感情が凝縮されている。憎き家康を生理的にも拒絶するさまも生々しい。追いつめる家康に、抵抗し続ける淀の方。結果的に戦国の世に決着をつけたのは家康であり、淀の方だったのだ。どれほど秀頼が総大将として成長しようとも、やはり母・淀の方の存在は偉大過ぎた。淀の方は、ただ女であるという理由で敵味方から過剰な反発を受けたが、決して戦を知らなかったわけではない。5歳の時と15歳の時、二度の落城を経験し、肉親の凄惨な死を目の当たりにしている。織田信長の血を受け継ぎ、むしろ誰よりも激しく運命に翻弄されていた。


「命を惜しんでおっては、勝てる戦も勝てぬぞ」(P327より)

 淀の方は本物のサムライの魂を持っていたのだ。


 関ヶ原の戦いから15年経ち、世の中に殺し合いの空気が希薄になっていても、淀の方の脳裏に刻まれた悲劇の記憶は、決して消えることはなかったはずだ。しかし家康が70歳を超えていれば、淀の方も46歳を迎えていた。勝者がいれば、そこには必ず敗者もいる。人間五十年の時代、戦乱の世の中心で生き抜いてきた者として、潔い散り際を探し求めていたのかもしれない。


 本書を読めば、思う存分に「大坂冬の陣」の世界にのめり込むことができる。敵味方それぞれに正義を背負い、刃を交えて夥しい血を流し、そして和議を迎えることとなる。しかし決戦はこれからであった。大坂城を枕に滅びの道を選んだ者たち、完膚なきまでに叩きのめして一気に勝利に向かう者たち。歴史に刻まれた戦国最後の攻防は、どれほど虚しく激しく美しかったのであろうか。早くも次作「大坂夏の陣」の展開が気になって仕方ない。

戦国時代の終焉を飾る大合戦。

徳川vs豊臣、そして真田信繁、伊達政宗、上杉景勝、松平忠直らの戦場内外での陰謀や思惑を深掘り!

慶長16年(1611年)。関ヶ原の戦いから11年が経っていた。徳川家康は、後水尾天皇即位を口実に孫婿でもある豊臣秀頼を上洛させ二条城での会見を果たす。70歳になった家康は、19歳の秀頼に我が身の老いを思い知らされ、また世継ぎで二代将軍の秀忠との器を比較して心の闇に囚われてしまう。なんとしても豊臣家を滅ぼさねば。このときすでに、真の意味での大坂の陣ははじまっていたのだ。そして3年後の慶長19年(1614年)、豊臣家が家康を呪ったとされる「方広寺鍾銘事件」が起こる。なんとか東西の手切れを食い止めようとした、秀頼の傅役・片桐且元の奔走も空しく、徳川と豊臣の両勢力は戦への道を突き進んでいった。豊臣恩顧の武将たちも代替わりし、浅野や蜂須賀など豊臣のもとに参じる武将は皆無。他方、大坂城内は関ヶ原で敗れた西軍くずれの牢人たちで溢れていた。その中には真田信繁や後藤又兵衛の顔もあった。かくして天下の決着をつける大戦の火蓋は切られた……。

矢野隆(やの・たかし)

1976年福岡県生まれ。2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞。その後、『無頼無頼!』『兇』『勝負!』など、ニューウェーブ時代小説と呼ばれる作品を手がける。また、『戦国BASARA3 伊達政宗の章』『NARUTO-ナルト‐シカマル新伝』といった、ゲームやコミックのノベライズ作品も執筆して注目される。また2021年から始まった「戦百景」シリーズ(本書を含む)は、第4回細谷正充賞を受賞するなど高い評価を得ている。他の著書に『清正を破った男』『生きる故』『我が名は秀秋』『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』『大ぼら吹きの城』『朝嵐』『至誠の残滓』『源匣記 獲生伝』『とんちき 耕書堂青春譜』『さみだれ』『戦神の裔』『琉球建国記』などがある。

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