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〈7月18日〉 今村翔吾
文字数 3,245文字
鬼
(
おに
)
は
戦
(
たたか
)
う
「
赤丸
(
あかまる
)
様
(
さま
)
!」
大
(
おお
)
広
(
ひろ
)
間
(
ま
)
に
一人
(
ひとり
)
の
男
(
おとこ
)
が
駆
(
か
)
けこんで
来
(
き
)
た。
黄介
(
きすけ
)
はその
名
(
な
)
の
通
(
とお
)
り
肌
(
はだ
)
が
黄
(
き
)
一
色
(
しょく
)
。いや、
厳密
(
げんみつ
)
に
言
(
い
)
えば
逆
(
ぎゃく
)
で、
黄
(
き
)
色
(
いろ
)
の
肌
(
はだ
)
に
生
(
う
)
まれたから
黄介
(
きすけ
)
なのだ。
己
(
おれ
)
たち
一族
(
いちぞく
)
はそれぞれ
肌
(
はだ
)
の
色
(
いろ
)
が
違
(
ちが
)
って
生
(
う
)
まれる。そしてその
肌
(
はだ
)
の
色
(
いろ
)
に
合
(
あ
)
わせた
名
(
な
)
を
付
(
つ
)
ける
慣
(
なら
)
わしだ。そのような
己
(
おれ
)
たちを
人
(
ひと
)
は
卑
(
いや
)
しんで「
鬼
(
おに
)
」と
蔑
(
べっ
)
称
(
しょう
)
で
呼
(
よ
)
んでいる。
「
黄介
(
きすけ
)
、どうだ」
赤丸
(
あかまる
)
は
胡坐
(
あぐら
)
を
掻
(
か
)
いたまま
身
(
み
)
を
乗
(
の
)
り
出
(
だ
)
した。
「
真
(
まこと
)
でした……すでに
舟
(
ふね
)
に。
間
(
ま
)
もなく
来
(
き
)
ます」
昨日
(
きのう
)
、
――
吉備
(
きび
)
の
桃太郎
(
ももたろう
)
。
豪
(
ごう
)
勇
(
ゆう
)
の
配
(
はい
)
下
(
か
)
三
人
(
にん
)
と
共
(
とも
)
に
鬼
(
おに
)
ヶ
(
が
)
島
(
しま
)
を
目指
(
めざ
)
しているとの
由
(
よし
)
。
というよからぬ
話
(
はなし
)
が
入
(
はい
)
った。
そもそも「
鬼
(
おに
)
ヶ
(
が
)
島
(
しま
)
」なる
島名
(
とうめい
)
は
人
(
ひと
)
が
勝手
(
かって
)
に
名付
(
なづ
)
けただけで、
己
(
おれ
)
たちはこの
島
(
しま
)
をただ「
島
(
しま
)
」とだけ
呼
(
よ
)
んでいる。
そして
件
(
くだん
)
の
桃太郎
(
ももたろう
)
。
噂
(
うわさ
)
には
聞
(
き
)
いている。
何
(
なに
)
やら
川
(
かわ
)
を
流
(
なが
)
れた
桃
(
もも
)
から
生
(
う
)
まれたなどという。まず
眉唾
(
まゆつば
)
話
(
ばなし
)
であろう。その
腕
(
わん
)
力
(
りょく
)
は
折
(
お
)
り
紙
(
がみ
)
付
(
つ
)
きで、
隣
(
となり
)
村
(
むら
)
との
争
(
あらそ
)
いでは、百
人
(
にん
)
の
若者
(
わかもの
)
をたった
一人
(
ひとり
)
で
打
(
う
)
ち
倒
(
たお
)
したという。
その
桃太郎
(
ももたろう
)
の
村
(
むら
)
が
疫
(
えき
)
病
(
びょう
)
に
見舞
(
みま
)
われたらしい。
働
(
はたら
)
くことも
出来
(
でき
)
ずに
困
(
こん
)
窮
(
きゅう
)
する
村人
(
むらびと
)
に
対
(
たい
)
し、
人並
(
ひとなみ
)
外
(
はず
)
れて
元
(
げん
)
気
(
き
)
だった
桃太郎
(
ももたろう
)
は、
――
鬼
(
おに
)
ヶ
(
が
)
島
(
しま
)
には
財宝
(
ざいほう
)
があるという。
奪
(
うば
)
って
来
(
く
)
る。
といって
出立
(
しゅったつ
)
。しかも
途
(
と
)
中
(
ちゅう
)
、
犬神村
(
いぬがみむら
)
の
用心棒
(
ようじんぼう
)
の
犬五郎
(
いぬごろう
)
、
雉
(
きじ
)
峠
(
とうげ
)
の
盗賊
(
とうぞく
)
雉之介
(
きじのすけ
)
、
猿渡
(
さるわたり
)
岬
(
みさき
)
の
海賊
(
かいぞく
)
猿右衛門
(
さるえもん
)
も
配
(
はい
)
下
(
か
)
に
加
(
くわ
)
わったという。
「
奴
(
やつ
)
らこのような
情
(
じょう
)
勢
(
せい
)
で
殴
(
なぐ
)
り
合
(
あ
)
うとは
正気
(
しょうき
)
か」
昨今
(
さっこん
)
、
正体
(
しょうたい
)
不
(
ふ
)
明
(
めい
)
の
疫
(
えき
)
病
(
びょう
)
が
蔓延
(
まんえん
)
している。
感染
(
かんせん
)
すると
死
(
し
)
にも
至
(
いた
)
る
危
(
き
)
険
(
けん
)
な
病
(
やまい
)
である。
恐
(
おそ
)
らく
桃太郎
(
ももたろう
)
の
村
(
むら
)
を
襲
(
おそ
)
ったのもそれだ。だが
対策
(
たいさく
)
が
無
(
な
)
いでもない。
小
(
こ
)
まめに
手
(
て
)
を
洗
(
あら
)
うこと、そして
互
(
たが
)
いに一
間
(
けん
)
半
(
はん
)
以
(
い
)
上
(
じょう
)
の
距
(
きょ
)
離
(
り
)
を
空
(
あ
)
けることだ。
故
(
ゆえ
)
に
今
(
いま
)
も
黄介
(
きすけ
)
とこの
距
(
きょ
)
離
(
り
)
を
保
(
たも
)
っているのだ。
「あっ……
来
(
き
)
たようです。
流石
(
さすが
)
に
早
(
はや
)
い!」
外
(
そと
)
が
騒
(
さわ
)
がしくなったので、
黄介
(
きすけ
)
は
吃驚
(
きっきょう
)
の
声
(
こえ
)
を
上
(
あ
)
げた。
赤丸
(
あかまる
)
は
急
(
いそ
)
いで
表
(
おもて
)
に
駆
(
か
)
け
付
(
つ
)
けると、
仲
(
なか
)
間
(
ま
)
が
逃
(
に
)
げ
惑
(
まど
)
い、それを
桃太郎
(
ももたろう
)
らが
追
(
お
)
い
回
(
まわ
)
していた。
「おい、
桃太郎
(
ももたろう
)
!」
「お
前
(
まえ
)
が
頭
(
かしら
)
か。いざ
尋
(
じん
)
常
(
じょう
)
に
勝
(
しょう
)
負
(
ぶ
)
!」
向
(
む
)
かってくる
桃太郎
(
ももたろう
)
を、
赤丸
(
あかまる
)
は
諸手
(
もろて
)
を
突
(
つ
)
き
出
(
だ
)
して
止
(
と
)
めた。
「
待
(
ま
)
て、
待
(
ま
)
て、
待
(
ま
)
て! お
前
(
まえ
)
、
馬鹿
(
ばか
)
か! 二
間
(
けん
)
空
(
あ
)
けないと
危
(
き
)
険
(
けん
)
だ!」
「えっ……
何故
(
なぜ
)
だ?」
「
知
(
し
)
らぬのか……」
赤丸
(
あかまる
)
は
滔々
(
とうとう
)
と
疫
(
えき
)
病
(
びょう
)
について
説明
(
せつめい
)
すると、
桃太郎
(
ももたろう
)
の
顔
(
かお
)
がそれこそ
同朋
(
どうほう
)
のように
青
(
あお
)
く
染
(
そ
)
まる。
「では
俺
(
おれ
)
も……」
「ああ、
検
(
けん
)
査
(
さ
)
したほうがよい」
「だが
村人
(
むらびと
)
が
困
(
こま
)
っているんだ」
「
金
(
かね
)
なら
分
(
わ
)
けてやる」
「え……」
「
困
(
こま
)
った
時
(
とき
)
はお
互
(
たが
)
い
様
(
さま
)
だ。
今
(
いま
)
は
争
(
あらそ
)
うべきではない。
戦
(
たたか
)
うべきは
他
(
ほか
)
にいるのだ」
赤丸
(
あかまる
)
が
凛然
(
りんぜん
)
と
言
(
い
)
うと、
桃太郎
(
ももたろう
)
は
戸
(
と
)
惑
(
まど
)
いながらも
深
(
ふか
)
く
頷
(
うなず
)
いた。
今村翔吾(いまむら・しょうご)
1984
年
(
ねん
)
京都
(
きょうと
)
府
(
ふ
)
生
(
う
)
まれ。2017
年
(
ねん
)
『
火
(
ひ
)
喰
(
くい
)
鳥
(
どり
)
羽
(
う
)
州
(
しゅう
)
ぼろ
鳶
(
とび
)
組
(
ぐみ
)
』でデビューし、
同作
(
どうさく
)
で
第
(
だい
)
7
回
(
かい
)
歴
(
れき
)
史
(
し
)
時
(
じ
)
代
(
だい
)
作家
(
さっか
)
クラブ
賞
(
しょう
)
・
文
(
ぶん
)
庫
(
こ
)
書
(
か
)
き
下
(
お
)
ろし
新人
(
しんじん
)
賞
(
しょう
)
を
受賞
(
じゅしょう
)
。「
羽
(
う
)
州
(
しゅう
)
ぼろ
鳶
(
とび
)
組
(
ぐみ
)
」は
大
(
だい
)
ヒットシリーズとなり、
第
(
だい
)
4
回
(
かい
)
吉川
(
よしかわ
)
英治
(
えいじ
)
文
(
ぶん
)
庫
(
こ
)
賞
(
しょう
)
候
(
こう
)
補
(
ほ
)
に。’18
年
(
ねん
)
「
童神
(
どうしん
)
」(
刊行時
(
かんこうじ
)
『
童
(
わらべ
)
の
神
(
かみ
)
』に
改題
(
かいだい
)
)で
第
(
だい
)
10
回
(
かい
)
角川
(
かどかわ
)
春樹
(
はるき
)
小
(
しょう
)
説
(
せつ
)
賞
(
しょう
)
を
受
(
じゅ
)
賞
(
しょう
)
、
同作
(
どうさく
)
は
第
(
だい
)
160
回
(
かい
)
直
(
なお
)
木
(
き
)
賞
(
しょう
)
候
(
こう
)
補
(
ほ
)
となった。『
八
(
はち
)
本
(
ほん
)
目
(
め
)
の
槍
(
やり
)
』で
第
(
だい
)
41
回
(
かい
)
吉川
(
よしかわ
)
英治
(
えいじ
)
文学
(
ぶんがく
)
新人
(
しんじん
)
賞
(
しょう
)
、
第
(
だい
)
8
回
(
かい
)
野村
(
のむら
)
胡堂
(
こどう
)
文学
(
ぶんがく
)
賞
(
しょう
)
をダブル
受
(
じゅ
)
賞
(
しょう
)
。
近著
(
きんちょ
)
の『じんかん』が
第
(
だい
)
163
回
(
かい
)
直
(
なお
)
木
(
き
)
賞
(
しょう
)
候
(
こう
)
補
(
ほ
)
となる。
【
近刊
(
きんかん
)
】
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〈7月7日〉 オカザキ・ヨシヒサ
〈7月8日〉 矢野隆
〈7月9日〉 大倉崇裕
〈7月10日〉 小前亮
〈7月11日〉 高田大介
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〈7月13日〉 鯨井あめ
〈7月14日〉 かすがまる
〈7月15日〉 まさきとしか
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〈7月17日〉 令丈ヒロ子
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〈7月21日〉 篠原美季
〈7月22日〉 木下昌輝
〈7月23日〉 はやみねかおる
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〈7月25日〉 寺地はるな
〈7月26日〉 パリュスあや子
〈7月27日〉 浜口倫太郎
〈7月28日〉 行成薫
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〈7月31日〉 乗代雄介
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〈8月3日〉 神津凛子
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〈8月5日〉 一穂ミチ
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〈8月10日〉 朝倉宏景
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〈8月12日〉 澤田瞳子
〈8月13日〉 三津田信三
〈8月14日〉 石崎洋司
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〈8月16日〉 一木けい
〈8月17日〉 山内マリコ
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〈8月30日〉 辻村深月
〈8月31日〉 森見登美彦
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