「白い洗脳」に警鐘⁉ 稗とか粟とかも頑張ってきたのにね。

文字数 2,772文字

この度、似鳥鶏氏による『推理大戦』(講談社文庫)が発売された。その刊行を記念して、似鳥氏より一編の随筆がtree編集部に寄せられた。その内容は、たぶん『推理大戦』とは関係がない。あるいは、もしかしたら、少しは関係あるのかもしれない。とにかく、これは嬉しいね、楽しいね!

日本人は白米が大好きである。「世界最高の食べ物は何か」――この欧米っぽい問いを日本人にすると、さんざん迷ったあげく、名回答を思いついたぞ! というドヤ顔で「やっぱり白米ですね」という人が六割ぐらいいるのではないか。以前インドに旅行した時、宿の主人が「日本人はせっかくインドに来てるのにすぐ日本食レストランに行く」とぼやいていたが、大抵の日本人が海外旅行で一週間くらいすると(早い人は3日目くらいから)「日本の飯が食いたい」と言いだす。これは正確に言うと「こめくいてー」であり、短粒種の白米を食べさせるとおとなしくなる。実際、白米はうまい。100年間毎日食べても食べ飽きるということがないし、北は「ゆめぴりか(北海道)」から南は「ちゅらひかり(沖縄)」まで全国各地に多様な品種が存在する。お茶漬け、おにぎり、おにぎらず、焼きおにぎり、焼きおにぎらず、おかゆ、TKG(「たまごかけごはん」の略称)、味噌汁ご飯にラーメンライスに炊き込みご飯にガパオライスにカオマンガイ(もっともこれらは本来、長粒種を使うものだが)、チャーハン、果てはパンのかわりに焼きおにぎりで具材を挟んだライスバーガーなるものまでアレンジが多様で、そのままでも梅干し、佃煮、昆布、納豆、味付け海苔、各種ふりかけ、塩辛、シナチク、キムチ、牛しぐれ煮、高菜、鱈子、明太子、おかか、ちりめん山椒、鮭フレーク、粒雲丹、肉味噌、食べるラー油と、あらゆるものをただ載せるだけで最高に美味な一品になる。白米は日本人にとって最高の相棒である。日本人の魂には白米が刻まれ、血管には白米が流れている。

というふうに誤解してしまいがちだが、これはおかしい。

いや確かに白米自体は奈良時代からあったわけだが、皆が食べるようになったのは江戸時代から。当時だって農村部は雑穀米だったし(※)、炊飯に多量の燃料を必要とする白米はハレの日の食べ物でケーキみたいな扱いのものだった。庶民が当たり前に常食できるようになったのは戦後の食糧難が解決してからの話なのである。つまり皆が「日本人の魂!」「日本人にはこれがないと」と言っている白米は、日本の食卓においてたかだか80年、主役を務めているだけに過ぎないのだ。これでは100歳になるうちの義祖父の方が長いくらいであり、「白米」の普及タイミングは1950年代半ばに普及した「蛍光灯」とあんまり変わらないのである。

これに関しては雑穀たちも色々言いたいことがあるだろう。「白米ってさあ。何あいつ『自分が日本食の主役です』『日本人の魂です』みたいなこと言っちゃってんの? おかしくね?」「あいつ普通になったの80年前とかからじゃん」「それまで何千年も俺たちだったのに」と、五穀の「稲じゃない方」四人(※※)がぶつぶつ言っているのが私の脳内に常に届いている。稲の野郎、一人だけ露出が増えて「デビュー当時からソロでしたが?」みたいな顔してやがるがあいつはあくまで「五穀」のメンバーの1人「稲」だからな! と、粟に念を押された。まあその通りである。

だがそれ以上に、恐ろしさも感じるのである。白米と味噌汁と焼き魚の絵面をドンと示して「これが日本の食卓だ!」と主張する江戸しぐさが、ではない。たかだか80年間で日本人の魂に己を刻み込み、まるで日本人は先史時代から延々と白米に親しみ、白米と共に歩み、日本の歴史は白米の歴史である、というふうな誤解を蔓延させた「白米」という存在が、である。

一体いつから我々は誤解していただろうか。白米が大昔から日本の食卓のメインである、と。あまりに均一な誤解が、あまりに静かに、広範に発生している。これは自然発生した「誤解」ではなく人為的な「洗脳」だと考えるのが妥当ではないだろうか。白米は日本人をあまねく洗脳して日本の食卓を植民地にするべく活動する侵略的地球外生命体なのではないだろうか。大部分の日本人はすでに脳を白米に乗っ取られ、海外旅行で一週間くらいしただけで「こめくいてー」と言い始める状態になっている。すでに侵略は9割方完了しているとみていいだろう。そう考えないとおかしいぐらい炊きたての白米はおいしい。みずみずしく純白に輝く白米がお茶碗に山盛りにされ湯気をたてる。そこにお箸でひとつまみの酒盗を載せて。想像するだけで唾液が出てくる。そもそも洗脳されたところで何の実害があろうか。白米のあの美味さ。粘りと甘味。仮に何かの実害が多少あったところで、あの幸福感と引き換えになら喜んで差し出してよいものなのではないだろうか。つまり白米は極めて穏便かつ友好的に我々日本人とのコンタクトを望んでいるのであって、白米は我々の敵ではなく友である。白米最高。……H-M!……H-M!……私もすでに洗脳されているようだ。これは洗脳で、侵略だ。粟と稗が脳内に直接そう囁いてくれているのだから間違いない。みんな騙されている。目を覚ましてほしい。 


※逆に江戸などの都市部ではおかずの乏しさもあって、腹が膨れるからと白米ばかり一日五合食べたりしており、ビタミン不足で脚気が流行。当時、脚気は「江戸患い」と呼ばれていた。

※※日本における「五穀」の内容は時代や文献によって変わるが、ここでは「稲・麦・粟・稗・豆」のこと。

『推理大戦』(講談社文庫) 著/似鳥鶏 カバー装画/アオジマイコ

日本の大富豪が発見した「聖遺物」の獲得を目指し、前代未聞の推理ゲームが始まった。アメリカ、ウクライナ、日本、ブラジル……。世界から北海道に集結した名探偵たちが論理と特殊能力を駆使して挑む、競技としての推理。だが、ゲームの開幕には思わぬ波乱が待ち受けていた――。世界最強の探偵は、誰だ?

似鳥鶏(にたどり・けい)

1981年千葉県生まれ。2006年『理由あって冬に出る』で第16回鮎川哲也賞に佳作入選しデビュー。魅力的なキャラクターやユーモラスな文体で、軽妙な青春小説を上梓する一方、精緻な本格ミステリや、重厚な物語など、幅広い作風を持つ。デビュー作を含む「市立高校」シリーズ(創元推理文庫)や、「戦力外捜査官」シリーズ(河出書房新社)、「楓ヶ丘動物園」シリーズ(文春文庫)、「育休刑事」シリーズ(角川文庫)など、複数の人気シリーズを執筆している。他にも、『叙述トリック短編集』『シャーロック・ホームズの不均衡』『シャーロック・ホームズの十字架』(以上、講談社タイガ)や『唐木田探偵社の物理的対応』(角川書店)など多くの著作がある。

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