ユキちゃんの七五三

文字数 1,044文字

 私には7人の孫がいます。今年は一番おチビさんのユキちゃんの七五三です。それでお下がりの赤い着物を出してきて、2歳のユキちゃんに合うようにせっせと縫い上げをしているところです。かつては、病気や貧困、戦争や飢饉、自然災害などで命を落とす子どもがたくさんいました。それで節目、節目に子どもが無事に育ってくれたお祝いをし、長寿と幸福を祈願したのです。
 このたび文庫化された『展望塔のラプンツェル』は、児童虐待をテーマにした小説です。現代において、子どもたちの健康や命を脅かす大きな社会問題です。小説は、3つのパートに分かれています。生育環境に恵まれない子どもを救おうと奮闘する児童相談所の職員、結婚後も子どもに恵まれず、不妊治療に熱を入れる主婦、自らも荒んだ環境にいるのに、街を徘徊する小さな男の子を保護する17歳の少年と少女。こうした結構にしたのは、児童虐待をいろんな角度からとらえたいと思ったからです。
 この小説を書いた後、愛媛県の児童や女性の福祉に関わっておられる方々が私を訪ねて来てくださいました。「本当にこの通りの現状と日々格闘しています」と言われました。その後も親しくお付き合いをさせていただき、現代の子どもたちの置かれた環境、児童相談所の現実、法整備や社会的な取り組みなどを勉強させていただきました。専門家の方々の言葉はとても重かったです。この世に生を享けた子どもたちは、皆、健全に、幸せに暮らしていってもらいたいです。子どもを授かった時、親は間違いなくそれを願ったはずです。昔から続く七五三という行事は、そういう親や親族の思いを表しているのです。
 ということで、私は今、ユキちゃんがすくすくと大きくなる姿を思い浮かべながら、老眼をしょぼしょぼさせ、時に指に針を突きさしながら、チクチクと着物の縫い上げをしているという次第です。



宇佐美まこと(うさみ・ まこと)
1957年愛媛県生まれ。2006年「るんびにの子供」で第1回『幽』怪談文学賞〈短編部門〉大賞を受賞しデビュー。2017年『愚者の毒』で第70回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞。怪異や人間の闇に迫る作品で注目される。ほかの作品に、『熟れた月』『ポニン浄土』『羊は安らかに草を食み』などがある。

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