第1話 ひきこもりのプロかく語りき/カレー沢薫

文字数 3,482文字

treeで2020年5月~2022年5月まで、2年間にわたり連載していた、カレー沢薫さんの「ひきこもり処世術」が、講談社文庫になって登場です!

2020年と言えば、まさに世界がCOVID-19によりロックダウン(ひきこもり)していた頃。

まさかの「ひきこもり」が時代の最先端に…!

記念すべき連載の第1回を、特別に試し読み!

第1回 ひきこもりのプロかく語りき


今回から「ひきこもり処世術」というコラムの連載をさせていただくことになった。


前から「ひきこもり」をテーマに書くという話はあったのだが、モタモタしている内に、コロナウィルスの影響で「家から出ないのが一番正しい」という「世界がひきこもりに追いつく」という現象が起きてしまった。


実際、今の「外に出られない」という状況で、甲虫の如き強さを見せているのがひきこもりである。


確かに、ひきこもりに外に出るなと言うのは、死体に死ねと言っていると同じであり「そのまま死んでろ」と言う暴言を吐かれたに過ぎない。


つまり「平常運転」なので、外出自粛による精神的ダメージはほぼ皆無である。


しかし、この世で一番強い生き物は「ひきこもり」だと証明されたのだから、みんなひきこもりになろう、と言うつもりはない。


一番強いのは吉田沙保里選手に決まっているだろう、いい加減にしろ。


まず注目してほしいのが、コロナ以前からひきこもっていた連中ではなく、今回強制的にひきこもりにさせられた者たちだ。


その中でも、すぐに外に出られず人と話せずの状態にストレスを感じはじめた者と、全く人と接しなくても平気、いつまでも家にいられるという「こちら側」の人間に完全に分かれてしまっている。


つまり「ひきこもり」というのは才能であり、もはや「ひきこもり」という生物と言っても過言ではない。

人間は言わば、家の外(社会)という陸と、家の中という海を行き来して暮らす半魚人である。


ひきこもりというのは極めて魚(ぎょ)に近い生物である、だから家の中では快適に暮らせ、外に出すと苦しみだすのだ。


よってひきこもりは出来るだけ家の中で暮らすのが生物学上、正しい生き方である。


つまり、ひきこもりに対して「もっと外出た方がいいよ」と言うのは、魚を「陸の方が楽しいから」と水槽の外に出すぐらい頭の悪い行為なので、小学校低学年以上になったらするべきではない。


ちなみに今言っている「ひきこもり」というのは、仕事も学校にもいかず、パソコンだけが光る暗い部屋に閉じこもり、ドアの前にお母さんが作った手紙つきごはんが置いてあるタイプのひきこもりではない。


大体そういうモノホンのひきこもりだって電気ぐらいは点ける。


仕事などをして社会の一員として生きながら、極力外出を避け、必要以上に外部の人間と関わらない生き方のことを指す。


このように「社会との関わりの有無」ではなく、「外に出る出ない」だけで「ひきこもり」と呼び、あたかも問題がある人間のように扱う雑な小学二年生感覚や報道の仕方には問題がある。


同じ人間でも、森で暮らした方がいい奴と、タタラ場で暮らした方が良い奴に分かれるということを知らないのか、お前は駿の言いたかったことを何一つ理解してねえな、ジコ坊の豊満なボディにばかり目を奪われてるんじゃねえよ、という話である。


むしろ「ひきこもり」として生まれて来た人間を無理矢理外に出すと、ストレスを感じてしまい、逆に社会的問題になっている、暗い部屋にいる方のひきこもりを作ることになる。


しかし、外にいる方が得意な人間が今外出自粛生活に苦痛を感じているように、ひきこもりも苦戦を強いられる場はたくさんある。


魚だって、銀行に行くときだけは、水の外に出なければいけないという。


社会に属したままでいたいなら、外にも出なければいけないし、当然人とも接しなければいけない時がある、そういう時ひきこもりは躓きやすい。


たまたま今回は「外出自粛」だったからひきこもりが勝利しただけであり、これが「地域連携」や「一致団結」「俺とお前」「大五郎」という方針だったら今ごろ立場が逆転している。


よって、どうやって「ひきこもり」というライフスタイルのまま、社会の一員としてやっていくかの「処世術」を考えていきたい。


まず、ひきこもり生活の一番の大敵は「不安」である。


ひきこもりは、外に出ないこと、他者と関わらないことを快適だと感じるように出来ているが、あまりにも外部と関わらないと「このままで良いのだろうか」という不安に定期的に襲われるようになっている。


しかし、その「不安」というのは大体己が作り出しているのだ。


ところで、このコラムの担当、頑なにコロナウィルスのことを「COVID-19」と言い、私のことを本名で呼ぶ。他の担当は恥を忍んでカレー沢と呼んでいるのにだ。


おそらく、そんな陰キャが唯一の楽しみである伊集院光のラジオに初投稿する時のラジオネームみたいな名前も、「コロナ」なる世界に通用しない日本人丸出しの言い方もしたくないと思っているのだろう。


多分リーマンショックの時も「リーマンショックなんて和製英語、海外で言ったら笑われますよ」と言ってわざわざ「the financial crisis of 2007–2008」と言っていたに違いない。


カレー沢は別に良い、俺も恥ずかしいと思っている。しかし「COVID-19」の文字を見る度に心の底からこいつとやっていける気がしない。


このように、ただのビジネスメール一つでここまでムカつけてしまえるのが、ひきこもりである。


何せ他者と生きた会話をしないので、情報源は、ネットやテレビ、後は「自分の想像」のみで世界が成り立ってしまうのだ。


よってひきこもりは「想像力」が極めて豊かになってしまいがちなのである。


おそらく、現在の外出自粛で、悪い想像ばかりしてしまい、ウツになってきている人もいると思う。


しかし「想像力豊か」というのは長所でもあるはずだ。

それを「悪い想像」の方に使うと、ひきこもりであることはもちろん、生きていくことすら不安になってしまい、部屋の電気を消してしまう恐れがある。


一方で、部屋の中で一人、お気に入りの漫画やアニメ、ピクシブの巡回警備をした後「気持ち悪い想像」をして半笑い、というのはひきこもりの醍醐味でもある。


よって「悪い想像」が始まったら、いかにそれを早めに止めるかがひきこもり生活においては重要である。

具体的には、寝る、風呂に入る、腹が減ってないか確かめる、など家の中でも切り替えをすることが大事なのだ。


もしくは、ピクシブをもう一巡して想像を「気持ち悪い方」にスイッチする。


まずは「敵は己自身」それが、ひきこもり処世術の基本である。

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カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

X(旧Twitter)はこちら:@rosia29

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