本読みのプロはどう読んだ? 彩坂美月著『思い出リバイバル』

文字数 2,856文字

ひとつだけ、過去を「再上映」できるとしたら――。

ミステリー作家・彩坂美月の最新作『思い出リバイバル』が大好評発売中!

本読みのプロは本作をどう読んだのか。

書評家・三宅香帆さんがその魅力を語ります!

思い出はあなたの主観次第だと教えてくれる

 たまに学生時代の友人と昔話をすると、思い出が食い違っていて、驚くことがある。

「えー! 絶対こう言ってたよ!」「その発言したのって私じゃなくない!?」「いや絶対あなたの発言だと思ってた」……そんな会話がなされることもしょっちゅうだ。


 しかし不思議なことに、人はみんな、どうやら自分の思い出には絶対的な自信を持っていることが多い。自分の記憶を間違ったものだと思っている人はものすごく少ない。記憶している出来事は、その解釈も含めて、一度固定してしまうと頭のなかに居座ってしまうらしい。


『思い出リバイバル』は、そんな私たちの記憶の曖昧さを逆手に取るような物語である。


 章ごとに変わっていく主人公たち。彼らの共通点は、「過去の記憶をもういちど体験したい」という願いを持っていることだ。たとえば突然亡くなってしまった父の死に際を見たいと願う娘、たとえば昔の恋人にもういちど会いたいと思っている人妻、たとえば自分の人生のいちばんの晴れ舞台だった学生時代の文化祭に戻りたいと言うサラリーマン……。彼らは、とあるひとりの人物を訪ねる。


 その人物の名は、「映人」。その名の通り、他人の過去の記憶を「上映」してくれる存在だという。「映人」の存在は都市伝説的に伝わっており、最初は半信半疑だった依頼人たちも、自分の固執する思い出の上映にいつしか心を奪われてゆく。


 しかし「映人」の思い出の上映には、三つのルールがあった。彼らは人生において重要な思い出をもういちど体験することで、はたして何を得られたのか? そして、「映人」とはいったい何者なのか? 本書は人間の記憶の不確かさ、そして、過去とどう向き合うかという主題をもって私たちに五つの物語を見せてくれる。


「……人は誰しも、自分が見たいものを見ます」

 目を逸らさず、淡々と語る。

「記憶と想像の間の境界線は曖昧で、過去の記憶は、主観的な思いに左右される。個人の思い出も、SNSなどで語られる日常も、全ては〈自分〉というフィルターを通したものに過ぎません」

 感情の読み取れない目が、オレを見ている。

「再上映は、あくまで忠実に過去の出来事を映し出すだけ。そこに何を見出し、感じるかは、観る人次第」


 これはとある記憶を上映してみると、自分の記憶とはまったく違った体験であることに愕然とした人物に、「映人」が語りかける場面である。学生時代の文化祭が自分の人生のピークだと思っていた依頼人。彼のいまの仕事は、なんだか冴えないものになってしまっている。が、文化祭の記憶は本当に正しい記憶なのだろうか? いまの自分の鬱屈が、過去を美化させていないだろうか? 本書はそんな問いを投げかける。過去は、自分の見たい過去になってしまっている可能性があるのだ。


 依頼人たちは、自分の見たい記憶を見られると思って、「映人」のもとを訪れる。それは甘美な過去だったり、自分が知りたい真実がちゃんと見られると信じているものであることが多い。が、現実は依頼人の思い通りに進むことは少ない。それは先ほど引用したように、「人は誰しも、自分が見たいものを見る」生き物だからで、さらに、「過去の記憶は、主観的な思いに左右される」からなのだろう。


 しかし一方で、本書を読むと、私たちは実は過去の解釈を変えられるのではないか? とも思えてくる。つまり、私たちは普段、記憶になぜか自信を持っている。忘れてしまったことはもちろんあるが、一方で、はっきりと覚えている過去に対しては自分が「間違って記憶している」なんて、思いもしない。過去の記憶は、変えようがないものだ。そう思っている。


 が、過去の記憶は本当に変えようがないのだろうか? 自分が経験した他人との仲違い、あるいは、自分にとっていちばん楽しかったころの体験、あるいは、自分のどうしても知りたい過去。それらの過去の記憶は、本当に、変えようがない真実というもので構築されているのだろうか? ──本書はNOを突き付ける。過去は、いまの自分の解釈によって、変わり得る。そうはっきりと述べるのである。


 本書『思い出リバイバル』のいちばんの特徴は、依頼人の過去を映すことで、依頼人自身の記憶違いや思い違いが判明することである。たとえば過去にタイムトリップすることで真実を知る……という物語はしばしば存在する。が、「映人」という存在に象徴されるように、本書はあくまで過去の「上映」なのだ。それは過去をもういちど体験することでもあるが、同時に、自分の過去に対する主観を発見することでもある。私たちは、主観で過去を語る。そして、主観はいつだって変えられる。だからこそ、過去は変えられるし、私たちは、いまの自分の力になる過去を、ある意味、選ぶことができるのだろう。


 過去をもういちど体験して真実を知る。本書は一見、そんな物語に思える。が、実は、「過去に真実なんて存在しない」ことを描いた物語だと言えるだろう。過去なんて、自分の主観でどうとでもなる。だからこそ本当に重要なのは、過去にとらわれすぎず、いまの自分と向き合うこと──そんな作者のメッセージが聞こえてきそうな作品である。


 SNSをはじめとして、インターネットにさまざまな自分の過去が残りやすい時代だ。私たちは昔より現代のほうが、思い出に縛られやすいのかもしれない。しかしそんな時代にあって本書は、過去との向き合い方、そして私たちの人生を形作っているのはある種の思い込みでしかないことを、思い出させてくれる物語である。


 あなたがリバイバルできるとしたら、リバイバルしてほしい思い出はあるだろうか。そして果たして、本当に自分の認識している記憶は正しい記憶なのだろうか。依頼人とともに、読者もまた過去に縛られず前を向くきっかけになる一冊である。

この書評は「小説現代」2022年11月号に掲載されました。

三宅香帆(みやけ・かほ)

1994年生まれ。『人生を狂わす名著50』で鮮烈な書評家スタートを切る。著書に『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』など。近著は『女の子の謎を解く』、自伝的エッセイ『それを読むたび思い出す』。

ひとつだけ、過去を「再上映」できるとしたら――。


思い出をひとつだけ「再上映」してくれる不思議な存在、映人。

過去を変えることはできないが、今の自分の視点でもう一度過去を見直すことができる。

幸せだった頃を取り戻したい人、後悔にけりをつけたい人……映人に再上映を依頼する理由は様々だが、受けるか受けないかは映人なりの基準があったーー。


幸せなものでも、苦しいものでも、自分にとって価値があって大切なものだと心から思えたら、きっと「これから」が変わっていく。

前を向くきっかけをくれる、傑作ミステリー!

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色