『戴天』評・瀧井朝世

文字数 989文字

胸熱の中国歴史ドラマ
(*小説宝石2022年7月号掲載)

『戴天』千葉ともこ(文藝春秋)


〇二〇年に『震雷の人』で第二十七回松本清張賞を受賞してデビューした千葉ともこ。第二作となる長篇『戴天』は、前作に引き続き中国・唐時代の安史の乱に材をとっているが、切り口は異なっている。第一作からその力量を見せつけた著者だが、本作でも魅力的な登場人物、二転三転の展開、そして胸に迫る人間ドラマで読ませる。


 玄宗の時代、唐は絶頂期を迎えるが、やがて佞臣の策略や、玄宗の楊貴妃への過度な寵愛などにより、国は傾いていき、地方の節度使による安史の乱を招く。本作では、名家の息子で軍人となった崔子龍、義父の遺志を継いで官僚の不正を糺そうとする僧侶の真智、彼を助ける楊貴妃の奴隷女性の夏蝶、影で権力を操ろうとする宦官の辺令誠らの思惑が絡みあっていく。ちなみに主要人物のなかでは、辺令誠が実在した人物である。


 河畔の戦い、競走(今でいうトレイルランニング)大会、長安の華清宮など場所も景色も変えながら、謀略あり、裏切りあり、意外な真相ありの絵巻が展開する。本当にこれがまだ著者の二作目なのかと驚かされる緻密さ、重厚さである。


 国を乗っ取ろうとする者、操ろうとする者、立て直そうとする者。善と悪の対決といった分かりやすい話ではなく、何を目指せば平安が訪れるのか見えにくい情勢が描かれ、権力とは何か、真の政治とは何か、人民のために行動するとはどういうことか、現代日本にも通じる問いを突き付けてくる。また、千葉作品は信念を持って果敢に闘う女性たちも非常に魅力的。辺境の地からこの戦いに挑んでいく兄妹を描いた『震雷の人』と合わせて読むとなお味わい深い。


スパイが潜入調査先で得たものは

『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒(集英社)

 幼い頃にチェロを習っていた橘樹は、音楽の著作権管理団体に入社後、上司から極秘裏に音楽教室への潜入調査を命じられる。目的は著作権法違反の証拠の入手。ある事件から演奏をやめていた彼だが、生徒と偽り教室に通ううちに講師・浅葉と師弟関係を育み、再び演奏に夢中になっていく。しかし浅葉を騙している事実は揺るがない……。音楽の魅力、人との触れ合いの喜びにあふれる異色のスパイ小説。現代人にとっては、職場以外での人間関係の構築と、仕事以外で打ち込めるものを見つけることの大切さを実感させる内容でもある。

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