五月☆日

文字数 6,183文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

前回の日記はこちら


五月☆日

 一年余り準備をしていた、斜線堂有紀シナリオのマーダーミステリー『キルタイム・キラーズ』が発表された。私は前々からマダミスの愛好家なので、こうした形で携われることが嬉しい。ゲーム部分を担当してくださっているのはあの有名なゲームクリエイター、ドロッセルマイヤーズさんなのでクオリティは折り紙付きだ。発売は七月だが、既に予約が始まっている。


 コンセプトは、登場人物全員殺人鬼である。殺人鬼同士で殺人事件の犯人を探すという、少し倒錯した状況が面白みに繋がっているんじゃないかと思う。ミステリ小説を書くのとはまた違った事件の作り方や、プレイヤーに解かせる為の導線を引いていく作業は、今までにはない苦労と楽しさが両方あって面白かった。自分の考えたキャラクターをどうやってロールプレイしてもらえるかを想像する楽しみもあった。入り込んで楽しい世界観と演じて楽しいキャラクターになっていることを祈るばかりである。


 ところで、キルキラの打ち合わせをしている最中に担当さんから「斜線堂さんはこれを読んだ方がいいですよ」と薦められた一冊があった。それが伯方雪日『誰もわたしを倒せないである。これは全篇がプロレス×ミステリをテーマにしているというユニークな短篇集である。どの短篇も上手くプロレスと謎解きを融合させており、なおかつ一般にはあまり馴染みのないプロレスの世界を垣間見させてくれるので、とても興味深かった。


 さて、担当さんが私に特に薦めたのが表題作である「誰もわたしを倒せない」である。一言で説明すると「世界最強のプロレスラーがチョークスリーパーを掛けられて殺された。世界最強の男が何故殺されてしまったのか?」という物語である。……このあらすじを説明された時点で、かなり悔しくなってしまった。プロレスというものを使って、こんなに魅力的な謎を生み出すとは……


 この短篇では世界最強の男を殺すためのハウダニットと、どうしてそんな事態が起こったのか? というワイダニットがプロレスという箱に押し込められてぎゅっと絡み合わされている。それでいて、真剣勝負の世界で浮き上がってくる人間の感情や、プロレスというものそれ自体への人々の思いがたまらなかった。最強って何でしょうね? とは作中での問いかけだが、最強って何だろう。何の為に人はそれを求めるのだろう。と、確かに考えさせられてしまう。


 とはいえ、読み終えた後に「なんて癖の強い物をおすすめしてくるんだろう……」と思ってしまったのも事実だ。確かに面白かったし好きなのだが……倉阪鬼一郎『42.195』(息子を誘拐されたマラソン選手が、身代金の代わりに「完走タイムで2時間12分を切れ」と要求される誘拐小説。一筋縄ではいかない驚愕の真相を謳っているのだが、ラストに辿り着いた私は「えっ…………………………え……!? あ……、え……!?」と困惑した。忘れられない一冊)をおすすめされた時と同じ気分になってしまった。


 このように、打ち合わせをする度に面白い本を教えてもらい、吸収してはすくすくと育って出来上がったのがキルキラである。これらの読書体験がどのように初めてのマーダーミステリーに生かされているのかを、是非確認してほしいと思う



五月◎日

 ゴールデンウィークである。だが、小説家にはさして関係無い行事でもある。小説家は盆も正月もなく毎日コツコツと働き続けなければならない存在だからだ。ゴールデンウィークだからといって〆切が延びるわけでもない。強いて言うなら、担当さんからのメールや電話が少なくなるのが連休の特徴だろうか。(少なくなるだけで、無くなるわけではない。小説家と同じくらい、編集者も勤勉なのだ)


 例年通りなら私も毎日せっせと仕事をする予定だったのだが、なんだか今年はそういう気分になれなかった。少し早い五月病かもしれない。


 そこで、今回は思い切って休みを取ってみることにした完全に仕事をしないというのは難しいから、少しだけペースを緩めてみた。そうして、無理にどこかに出かける予定も立てずに、のんびり過ごすことにしたのだ。


 ベッドに寝転びながら、スザンナ・キャラハン『脳に棲む魔物』を読んだ。これは、順調に働いていたとある一人の記者が罹った原因不明の病との闘病記だ。スザンナは突然被害妄想や幻覚、言語障害に躁鬱の症状に見舞われ緊急入院をすることになる。数多くの検査を行っても肉体的には何の問題も見られず、アルコールが原因の精神疾患だろうと診断された彼女だったが、入院中もスザンナの容態はどんどん悪化していく。本書ではこの致命的な誤診を経つつも、彼女が罹っていた病気は何なのか? 何をすべきなのか? を一歩一歩解明していくのだ


 ワシントン・ポスト曰く「医学ミステリーの面白さを遙かに超えている!」とのことだが、確かにこの解明への道筋はミステリ的であった。原因不明の病を前に、人間はそもそもどこからアプローチをすればいいのか、何を手がかりとすればいいのか……そういった部分を一個一個潰していくのは、ロジカルな推理の過程である。本書の説明文の通り、スザンナは精神疾患ではなく、とある「魔物」に侵されていたことが分かる。病の正体が解かれるまでの道筋を辿っていくと、医療というものに改めて敬意を表したくなる

 病が進行していくにつれ、スザンナはまともに言葉を話すことも、意味のある文章を綴ることも出来なくなっていく。だが、本書の著者はスザンナ・キャラハン本人だ。そう。この本は、病から回復したスザンナが著したものだ。三百ページを超える壮絶な闘病記を読み終えると、スザンナがここまで回復し、自らの味わった地獄と奇跡を綴れたことに感動を覚える。


 これと同時期に永田豊隆『妻はサバイバー』も読んだため、殊更に人間の生きる力について考えさせられた。こちらは、突然摂食障害とアルコール依存症を併発し、病院への入退院を繰り返すようになってしまった妻を介護する夫が綴ったものだ


 一日中食べては吐くを繰り返し、膨大な食費で家計を圧迫していく妻。過去の虐待経験を思い出しては度々不安定になり、終いには刃物まで持ち出してきてしまう妻。彼女と永田氏の凄絶な介護生活は二十年近くに渡って続くこととなる。精神的に安定しない妻と共にいることで、永田氏は多くのものを失っていく。いつ終わるかもわからない戦いの中で、二人は消耗し続けていく。一方で、永田氏は妻と共にいることで得たものもあったと述べる。そんな日々を、永田氏は冷静な筆致で回想する。


 スザンナと同じく、こちらの永田氏もジャーナリストである。彼らは苦闘の日々を自らの宝物である言葉によって、一冊の本に纏め上げている。二冊とも読んでいて苦しくなるものの、同時に「これらの日々を綴る言葉があってよかった」と思う。


 読み終えて色々考えさせられつつ、最終的には自らの人生について考えてしまった。重要な局面に立たされた時、私は私の言葉で、自分を振り返ることが出来るだろうか。もしかしたら、この読書日記が既にそういうものなのかもしれないけれど。



五月/日

 スローペースは続いている。とはいえ、空いた時間を埋めようという気概も無かったので、友人と一緒に朝までゲームをしたりして過ごしていた。休もうと決めたのに、やることがまるで変わっていない。むしろ、十六時間くらいゲームをし続けるのは休まることなのだろうか


 心が落ち着くのはやはり読書だよな、と思いながら本を読んだ。乙一『さよならに反する現象』に「乙一作家生活25周年記念短編集!」と書かれていて、もうそんなに……と戦いた。少し不思議で切ない短篇を集めたこの本には乙一作品に求めるものが全部詰まっていて、その安定感に心が躍った。そうして油断していたら最後に収録されている「悠川さんは写りたい」に衝撃を受けた。この物語がここに帰結するというのは……上手い。そして凄い。


 そして、推薦コメントを寄せさせて頂いた朝永理人『観覧車は謎を乗せての見本も同時期に届く。急に止まってしまった観覧車のゴンドラに閉じ込められた六組の人間達を描く群像劇だ。それぞれのパートにはAからFまでのアルファベットが振られており、読み手が混同しない優しい作りになっている。


 この親切さは、ゴンドラの中に閉じ込められている人々があまりにバラエティー豊かであるが故の反動なのだろう。何せ、そこにいるのは幽霊に殺し屋、観覧車に爆弾を仕込んだと告白された兄と、一筋縄ではいかない人物達なのだから。その一方で仲良し女子高生や仲睦まじい男女二人に親子など、観覧車がよく似合う人々も揃っているので、逆にこれらをどう絡み合わせていくのか? とひやひやしてしまったほどだ。そうして、同一円周上に配置された、決して重ならない大事件は進行していく。


 私が好きなのはDパート──とある二人の男女のパートだ。観覧車デートがよく似合う、とても素敵な二人である。だが、彼女の衝撃的な一言から、事態は思いがけない方向に。断言するが、最初の部分を読んだ時点でこういう結末に導かれることは誰も予想出来ないんじゃないだろうか。どこにでもいそうな二人に起こった事件はサスペンスフルで、それでいて極上の切なさを覚える。


 Aパートの正統派ミステリのパートもお気に入りだ。Aパートでは、観覧車で殺された幽霊であるユウコさんと、彼女の姿を見ることが出来る男の推理劇が繰り広げられる。ユウコさんは彼に、自分を殺した犯人がいかにしてゴンドラから脱出したのかという謎を解明するように頼むのだが……。このパートに仕掛けられた罠と、他のゴンドラでの伏線を引っ張ってきての回収の仕方には、ひたすら膝を打ってしまった。確かに気づける要素はいくらでもあったのだが、まさかそんなことになるとは……。


 キャラクター的にもこの二人にはとても惹かれるものがあり、小気味が良かった。このパートは舞台映えするだろうな。


 私は基本的に読んで面白かったものだけ推薦文を引き受けるようにしているのだが、この作品は少し嫉妬しながら推薦文を書く羽目になってしまった。今回の推薦文がやたら捻ってあるのは、敬意と闘志を込めている為である。よろしければ是非お手にとってみてほしい。


 ゴールデンウィークに仕事をせず、延々と本を読むのは楽しいというより癒やされる思いだった。身体とは別の部分がじわじわと回復していくのを感じる。本当は一年くらいこういう生活をしたい気持ちもあるのだが。



五月▽日

今読んでるアメリカのシリアルキラーのノンフィクション、何人もの人間を短いスパンで雑に殺し続けてたのに捕まらなかった理由が『車を徹夜で走らせ死体と凶器を遠くの州に捨て続けてたから』というシンプルすぎるもので、本人も「アメリカならいける」って供述してるの、納得しかない…….


 モーリーン・キャラハン『捕食者――全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』を読んで呟いた上記のツイートがバズった。最初は一部だけに広まっていた気がするのだが、朝になったらそれを超えて色々なところに回っていた。驚きである。慌てて書名もツイートすると、それもリツイートされて巡っていき、嬉しくなった。この本はとても面白いので、一人でも多くの人が手に取ってくれると嬉しい。と、同時に、自分はこの本の面白さと衝撃を上手く切り取れたのかもしれない……と少し誇らしくもなった。本書の引きって、そこなんだよな……


 というわけで、もう少しこの本の補足を。これは二〇一二年にコーヒースタンドで働く女子高生・サマンサを殺害した容疑で逮捕されたイスラエル・キーズという男のことを追ったノンフィクションである。彼はサマンサを人質に身代金を要求した上で、雑にその金を引き出すという知能犯にあるまじき失態を犯して逮捕される。逮捕された彼は、なんとサマンサ以外にも多数の人間を殺したと告白を始めるのだ。それをきっかけに、州を横断する数多の行方不明者がキーズによる被害者達だったのだと明らかになっていく。


 キーズの犯行の最たる特徴は、ツイートにもあるような長距離移動である。恐ろしいことにキーズはアメリカ十三州を自身の移動範囲とし、各地で犯行を重ねることによって逮捕を逃れていたのだ。こうした州を横断した事件の捜査をする為にFBIが作られたのだが、いかんせんキーズの行動力とそのスピードは、想定を遙かに超えている。徹夜で車を走らせ続けることが出来るキーズの様を読んだ時に、私は思わず頷いてしまった。これなら捕まるはずがない。彼が妙なミスで捕まった理由も何となくわかった。これだけシンプルかつ、粗雑でもある計画で成功し続けていたのだ。慢心もするだろうし、高をくくることもあるだろう。


 およそミステリに使うには豪快すぎるトリック……というより犯行方法なのだが、言ってしまえばこれが完全犯罪には最も向いているのだ。何しろ、アメリカは広い。方々に散らばった死体も凶器も、本人の自白が無ければ回収が出来るはずもない。このキーズのシンプル過ぎる犯行にFBIは酷く手を焼かされることになる。よってFBIは、ハッタリ一つでキーズの自白を引き出していくのだが……この過程もスリリングで面白かった。一歩間違えれば、キーズの罪は立証出来ていなかったかもしれないのだ。


 この本を読んだ直後に阿津川先生に会ったので「面白かったですよね」「でもこれ、そんなに待ち伏せしてなくないですか?」「してないですね」という会話が出来てよかった。阿津川先生は面白い本は大抵読んでいるので、本の話が出来て楽しい。本書で気になるのは、キーズが動き回りすぎて待ち伏せ感がまるで無いことである。むしろこれはハクスラ殺人だろう。(ちなみにタイトルの「捕食者」は、その場その場でのスピーディーな狩りが捕食者のそれを思わせるかららしい)


 さて、何故私が阿津川先生に会ったのかというと……とうとう、例の競作本企画が日の目を見るからである。タイトルは『あなたへの挑戦状』だ。これから何ヶ月かにわたって動きがあるので、よければこの挑戦を受けてほしい。とても楽しいものになっているはずなので!


『あなたへの挑戦状』coming soon...


次回の更新は6月6日(月)17時です。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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