◆No.6 切れ味抜群の変化球 ~薦野増時(弥十郎)(上)
文字数 1,524文字
「大雄小傑湧くが如し」と評された戦国九州には、実に優れた将たちが現れました。
道雪・宗茂に使えた立花家臣団にも、綺羅星のごとき将たちがゴロゴロいますよね。
さて『立花三将伝』の主人公の一人、薦野弥十郎(1543~1623)は立花道雪が惚れ込んだ男とされていますが、実際、魅力あふれる男だったのでしょう。
道雪が立花家の家督を譲ろうとしたところ、弥十郎が断ったというエピソードは有名です。
今で言えば、創業社長が若い社員に社長の座を譲るようなもの。
乱世とはいえ一国一城の主ですから、ありがたい話のはずですが、彼は固辞しました。
誰でも飛びつく<いい話>を、迷わずあっさり断る。
この行為は、それだけでかっこいい。
しかも彼は、その後も家臣として立花家のために尽くしている。
その姿が後世の人間の胸を打つわけです。
また、弥十郎は関ヶ原前夜に、立花が東軍に付くよう進言したというエピソードは、彼の戦略眼の確かさを表しているでしょうか。
弥十郎の墓は現在も立花山麓の梅岳寺にあり、道雪の隣に建てられています。
このような人物は、もちろん格好良く描かねばなりません。
ですから、ここは山田章博先生にお願いして……
失礼しました。もちろん装画は素敵なのですが、執筆のほうのお話でした。
賢くて強くて、向かうところ敵なし、人格者で朗らかで、明るくて完全無欠……な人間は、あまり面白くないと思うんです。
史実は不明ですが、『立花三将伝』では旧立花家出の女性を母に設定しました。
万一これが本当だとすれば、道雪が家督を譲ろうとしたのも、弥十郎が旧立花家の血を引くため……という話になりますが、もちろん何の根拠もなく、私の創作の域を出ていません。
『立花三将伝』では、影のある知将として描きました。
徹頭徹尾クールに見えて、実は情熱と優しさを隠している……。
少しひねくれた人物に描いてしまいましたが、これは創作です。
史実ではそれをうかがわせるような話は見当たりません。残念。
占術のエピソードも盛り込む形で、三人の中では、一番陰翳のあるキャラとして描きました。
どうでもいいお話ですが、私の母は弥十郎が一番好きだそうです。
薦野城跡:薦野家の居城跡です。少し標高があるので詰城として物語では扱っています。
写真提供:道雪会
赤神 諒(アカガミ リョウ)
1972年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、上智大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。私立大学教授、法学博士、弁護士。2017年、「義と愛と」(『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞し作家デビュー。他の著書に『大友の聖将(ヘラクレス)』『大友落月記』『神遊の城』『酔象の流儀 朝倉盛衰記』『戦神』『妙麟』『計策師 甲駿相三国同盟異聞』がある。