『黒い絵』刊行! 原田マハさんインタビュー

文字数 2,490文字

数々のアート小説で支持される原田マハさんが、最新作『黒い絵』でノワール小説を「解禁」。黒く、エロティシズムに満ちた禁断の作品に込めた意図とは⁉

原田マハさんにおききしました!

原田マハさんは、実在のアーティストと歴史、人間関係を、想像力を駆使して描いた「アート作品」を多数上梓してきた。ルソーの絵画の謎を追う『楽園のカンヴァス』、ゴッホ兄弟と日本人画商の交流を描く『たゆたえとも沈まず』など、誰もが知る画家たちが登場する作品が並ぶ。しかし今回の新刊は、人間やアートの暗部を抉り出す「ノワール小説」。従来のイメージを覆す作品群を生み出した、原田さんの思いを伺った。


・アートの暗部をモチーフにノワール小説を書いた動機


これまで、アーティストや芸術作品をテーマに執筆されてきた原田マハさん。アート作品といえばこの人、といわれるほどイメージが定着しています。その原田さんがノワール小説を「解禁」した意図とは、どのようなものですか。


 私はこれまで、アート作品の明るい面を中心に書いてきました。さまざまなアートのここを見てほしい、ここがみんなに勇気を与えてくれるところだよ、というふうに。そんな意図があって、小説中で「日当たりのいいところ」……「サニーサイド」を作り上げてきたわけです。


 その一方で「そうじゃないんだよね」という感覚が常にありました。私はアートの世界に20年くらい籍を置いてきましたが、アートは8割が綺麗事ではない。展覧会など晴れ舞台の裏で支えている人たちが、ものすごく苦しい思いをしたり、政治的ないろいろな動きがあったり……それはどこの世界でも同じですが。


 作家として、絶対に一度はダークな部分を書かなければ、コンプリートしないと思うんです。本作で、これらの作品を読んで、「原田マハ、やるな」と思ってもらえたらいいですね。


・アートをテーマに短編小説を書く面白さ


本作は『オフィーリア』、『向日葵奇譚』などの6編の短編から成ります。書き手として面白かったこと、読み手に楽しんでほしいことはありますか。


 収録作品の中でも一番新しい「オフィーリア」は、芥川龍之介の『地獄変』を下敷きにしていますが、そのオマージュではなく「トランスクリエーション」です。『地獄変』をベースにして私だったらどうするか……、換骨奪胎というか、まったく違う作品にトランスした作品なんです。短編小説を書くのは、長編を書くより遥かに難しいので、『地獄変』を非常に勉強しました。芥川のような短編の名手が、どう立ち上げ、どう終わらせるか……過去の作家たちの名作に励まされながら書くことはあります。


 人間の奥深くにある業に訴えかけるというのは、芸術作品の強いフックになると思います。それは、ホラー映画を見たり、残虐な事件を描いたものを愉しむことと、共通点がありますよね。中野京子さんの「怖い絵」シリーズがありますけど、なんでこんな恐ろしい絵を描いたんだろう、ということに、むらむらと興味が出てくることあるじゃないですか。

ですから、『黒い絵』は共感ではなく、「愉しみ」として読んでいただきたいです。これもアートの一部、として単純に愉しんでいただけるのではないでしょうか。

パリにて/撮影・パリュスあや子

・『黒い絵』の今後の作品への影響と読者への思い


今回、初めて「黒い」世界を作り上げたことは、今後の作品作りにどんな影響を及ぼすのでしょうか。


 これまで書いてきたような、明るく元気な作品を、今後も大いに書いていこうと思います。どん底にいると思っている人に手を差し伸べるとか、元気になってもらうということはずっとやっていきたいですね。


 でも、実は清濁の濁の部分があってこその「清」なんだということを、いつも意識しています。美しいハスの花が浮く水面があったとしても、水底にこそ真実があるというのは、「睡蓮」の連作を描いたモネも見ていたことなんです。水鏡を境にして表面の世界、天上の美しい研ぎ澄まされた世界、そして水の底の、誰も入ることのできないおどろおどろしい世界。モネはそれらのすべてを睡蓮に託していたと考えられています。「泥の底の真実」を一回攪拌して、水面に浮かび上がらせたい、というのが私の挑戦です。


今 後の執筆でも、ノワール作品がいい意味で「重し」になると思うんです。錨のようなもので、これを下ろすことによって、海底としっかりつながる、という気がします。本作では、「女性性」の中心的な部分を包み隠さず書きました。それで「禁断の」と書かれた帯がつくんですね。


 暗部を抉り出すゾクゾク感は、誰にもあるのではないでしょうか。『黒い絵』を新しい原田マハの一作品として受け止めてほしい、という気持ちが強いです。作家としての新たな挑戦を本作でお見せできたと思っています。

構成/飯田陽子

装画:加藤 泉「Untitled」 キャンバスに油彩 56×41.5cm 2017年 個人蔵

Photo:岡野 圭 

Courtesy of the artist ©2017 Izumi Kato

ついに封印を解かれたのは、著者初の「ノワール小説集」。

嗜虐と背徳によって黒く塗りこめられた、全6作品を収録する衝撃作!

PHOTO/  ZIGEN

原田マハ(はらだ・まは)

1962 年東京都生まれ。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなる。’05年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、’06年作家デビュー。’12年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞、’17年『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。ほかの著作に『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『たゆたえども沈まず』など多数。’19年に世界遺産・清水寺で開催された展覧会「CONTACT つなぐ・むすぶ 日本と世界のアート展」の総合ディレクターを務めるなど、日本・世界各地のアートと美術館の支援を続けている。

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