嘘が現実をややこしくする……子どもたちが身を守るためについた嘘とは
文字数 2,271文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
青本雪平『バールの正しい使い方』
■POINT
・どうして人は嘘をつくのか
・転校生という独特のポジションの活かし方
・子どもの嘘の重さ、大人の嘘の軽さ
■どうして人は嘘をつくのか
「嘘をつくことでしか、他人とコミュニケーションがとれなかったんだと思う」
嘘はいけないことだ。子どものころから、幾度となく大人たちに言われる。
「嘘をつくな」「嘘つきは泥棒の始まり」
でも、大人はどうだろう。その場を上手にやり過ごすために、息をするように嘘をつく。私は嘘なんてついていませんよ、という顔をして。
青木雪平による書下ろし長編『バールの正しい使い方』。
父親の仕事の都合で転校を繰り返す小学生の礼恩。行く先々で出会うクラスメイトは嘘つきばかりだ。
友だちに嫌われても構わないという少女の悲しい嘘。
一緒にタイムマシンを作った友だちの自分を守るための嘘。
クラスメイトの思い出を守りたいがためについた苦しい嘘。
さらに、礼恩はクラスメイトたち以外からも重大な嘘をつかれてしまう。
そんな礼恩が行く先々で共通して登場するのが「バール」。バールはさまざまな使い方をされていたが、いざ自分がバールを手に取った時に礼恩はどのように使うのか。
礼恩の小学3年生から中学1年生の4年間を描く、スクールミステリー。
■転校生という独特のポジションの活かし方
主人公の礼恩は、「何回しても慣れるものではない」と言いつつも、転校した際にどう振る舞えばいいのかを身につけていてクラスに溶け込むのがうまい。客観的にクラスメイトたちを観察して、教室の力関係を見極め、浮かないように自分自身を調整していく。誰かと深く仲良くなったりしない。またきっと転校するから。
ただ、よく事件に巻き込まれる。
彼が行く先々で事件が起こるというよりは、もともとあった事件に関わっていく上で転校生というポジションはちょうどよかった。
何も知らない転校生の礼恩は人間関係のクッションになったり、ちょっとした秘密を打ち明けるには好都合な存在なのだ。
ただ、礼恩は客観視することに優れていた。クラスメイトたちの嘘を見抜くだけではなく、そもそもの問題点に気がついて謎を解いてしまう。
だからといって得意げに謎解きをするわけでもなく、淡々となんでもないことのように振る舞っている。そもそも、謎を解くことができたからと言って誰かが救われるわけでもなく、犯人が捕まるわけではない。礼恩が納得しているだけ、と言ってもいいのかもしれない。嘘を見破ったことを本人に伝えれば、相手は少しホッとしたり焦ったりするだけ。とても静かなミステリー作品である。
■子どもの嘘の重さ、大人の嘘の軽さ
小学校内で起こる事件だからと言って、その規模が他愛もないものかというと、そういうわけではない。
女子生徒の水着が盗まれたり、優しかった担任の先生や仲が良かったクラスメイトが亡くなったり。大事件であることは間違いないし、子どもたちの心に大きな傷を残す。
事件の真相を隠すために嘘をつくのだけれど、子どもたちはみな必死だ。
そもそも、嘘はいけません、と言われて育っているのだ。まず、嘘をついたことがバレれば怒られる。真相が分かればもっと大変なことが起こってしまう、と知っている。子どもたちにとっては人生をかけた嘘であり、生きるために必死なのだ。
その一方で描かれる大人の嘘は巧妙で罪悪感のないものだ。大人のズルさというものが分かりやすく描かれており、無性に大人に腹が立ってくる。
礼恩もまた、大人たちの嘘を知り、怒りや悲しみを感じる。どこか、大人は本当のことを言ってくれないのだと諦めているようにさえ見える。そんな礼恩が年を重ねたらどんな大人になっているのか……そんな想像もさせてくれる。
そして、ラストにはもう一度読み返したくなるような仕掛けも施されている。読み返すことでまた新たな視点で楽しむことができるはずだ。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・みんなで金持ちになれたらどんなにいいだろう。財布にまつわるエトセトラ(『財布は踊る』原田ひ香)
・大人びた高校生たちの魅力があふれる青春ミステリ(『栞と嘘の季節』米澤穂信)
・未解決事件を巡り奔走する警察、嗤う犯人……事件の悪夢は終わるのか(『リバー』奥田英朗)
・映画と小説の世界がリンクし、新たな鈴芽の旅が楽しめる(『すずめの戸締り』新海誠)
・嘘がつきたくなるほど大切な友との真実を見つける旅(『嘘つきなふたり』武田綾乃)
・たった1週間の旅が女性たちの本音を赤裸々にする(『ペーパー・リリイ』佐原ひかり)
・全てを分かり合うことはできない。家族も、夫婦も違う体を生きている。(『かんむり』彩瀬まる)
・私もいつか「老害の人」? 人生はやりたいようにやったもの勝ち(『老害の人』内館牧子)
・舞台はクイズ番組! クイズを解きながら、謎を解く新感覚小説(『君のクイズ』小川哲)