第8話 ひかり
文字数 1,897文字
幸せなはずなのに悲しくて、苦しいけれどかけがえが無い。
そんな私たちの日々が、もしもフィクションだったら、どんな物語として描かれるでしょうか。
ごめん(https://instagram.com/gomendayo0?igshid=1rh9l0sv9qtd2)
さんが、
あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていく隔週連載。
この物語の主人公は、「あなたによく似た誰か」です。
掴めないものにさびしい希望を抱いた
国道沿いに並ぶ街灯が、あたしの顔をオレンジ色に照らしながら流れていく。スピーカーから流れるスピッツの曲に合わせて凪くんがその歌詞を口ずさんだ。慣れた手つきでハンドルを握る手は何故か、昼間あたしが握っていた手とは別のもののように思える。あたしには凪くんが今何を考えているかなんてちっともわからない。だけど、だから壊さないように、大切にしたくなるのかもしれない。そんなことを考えて、あたしはいつも泣きそうな気持ちになる。
もうすぐ日付が変わる。もうすぐあたしの家に着いてしまう。それまでに、凪くんに言おうと決めていることがある。
「付き合う?」
一年前、目も合わせずに凪くんがそうあたしに言ったとき、一瞬頭が真っ白になった。20年間生きてきて一番嬉しい瞬間だった。目の前で発せられた言葉が、本当に自分に向けられたものなのかどうか疑ってしまうほどに。あたしは、なんだかその言葉の効力は一瞬で消えてしまうような気がして、我に返った次の瞬間には首をブンブンと縦に振っていた。そんなあたしの様子を見て凪くんは笑った。恋は惚れた方が負けだとよくいうけれど、その言葉通り、あたしはずっと負けっぱなしだったように思う。
高校生の頃、文化祭で凪くんの弾き語りを見てからというもの、彼はあたしの神様だった。学校外でも自主的にライブ活動をしていた凪くんを、あたしは卒業してからも盲目的に追いかけた。いつしかライブ後に話せるようになって、同じ出身校の話なんかで盛り上がって、2人で会うようにもなった。それだけで幸せだったのに、まさか恋人になれるなんて思ってもみなかった。
付き合うようになって、凪くんの首筋は金木犀の匂いがすることを知った。海が好きなことも、車の中でいつも流している曲も、照れたときの癖も、背中の骨の感触も、きっとあたししか知らなかった。幸せで、幸せで、怖かった。
「幸せで怖い」という感情は、あたしが馬鹿じゃないことの証明だったのだと今になって思う。付き合ってしばらくして、凪くんからの連絡も、会う頻度も日に日に減っていった。ああ、ほらね。そんな上手い話あるわけないじゃない。連絡を待っている間、もう1人の自分がそう呟いた気がして耳を塞いだ。
「凪くん呼んで?」
あたしが背中をさすると、その女の子は細い声で呟いた。ある日の、凪くんのライブが終わった後のことだ。酔い潰れたその子をトイレで介抱しながら、凪くんがあたしのことを彼女として誰にも話していないことを悟った。あたしと交代する形で、凪くんがその子のいる個室に入っていく。閉まる扉を見つめながら、思った。どうしてあたしを彼女にしたんだろう。あたしは凪くんにとってどういう存在なんだろう。凪くんに、あたしの連絡を待っていた時間なんてあったんだろうか。
その日は1人で帰った。終電を待つ駅のホームで自分が泣いていることに気づいたとき、あたしは一番大切な人に一番に大切にされていないのかもしれないと思った。
今日、凪くんに言おうと決めていることがある。
車をあたしのアパートの前に止めて、凪くんがいつものように「またね」と笑った。ふわりと金木犀のやさしい香りがして、また泣きたくなる。
「あのね」
口を開くと、凪くんと目が合った。何度も見つめた綺麗な茶色の瞳。そこに映る自分を見て、あたしはあたしを取り戻せる気がしていた。
ごめんさんが、あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていきます。
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