■No.5 因果応報――越智安成<その2> 

文字数 1,379文字

◆装画 Ato fujihara
『立花三将伝』で戦国の世を駆け抜けた若き将士たちの熱き友情と生きざまを描いた赤神 諒氏。今作『空貝 村上水軍の神姫』では、「瀬戸内のジャンヌ・ダルク」の異名をとる伝説的女武将・鶴姫と、同族ながらも主家への復讐を企む若き軍師・越智安房が、日本最強と言われた大内海軍とともに戦い、衝突しながらも惹かれあっていく様がドラマチックに描かれています。壮大な「歴史恋愛小説」の裏話を、赤神諒氏が語ります!

私が安成を通して描きたかった1つは、

〈何かのために、いちばん大切な別の何かを捨てる〉というテーマです。


人生とは選択です。

ひたすら選択の連続ですよね。

世はうまくできていて、あれも、これも手には入りません。

あれか、これかを迫られるのが、人生というものです。


安成は〈復讐か、恋か〉の究極の選択を迫られます。

彼にとって、復讐を捨てるということは、これまでの人生を全て捨て去るに等しい。

それでも彼は、最終的に鶴姫との恋を選び、復讐を捨てようとします。

でも、過去の復讐(悪事)が邪魔をして、悲恋に終わる。


鶴姫伝説をベースとする以上、この物語の結末は最初から決まっていました。

彼は若くして戦死しなければなりません。

私は、例えば上質なコーヒーのように、物語の後味にこだわっています。


<善良な人間がひどい目に遭って死ぬ>

という物語では、読後感がぜんぜん良くありません。

文学作品としては、喉にトゲが刺さっていつまでも引きずるような問題作のほうが、高評価なのかもしれませんが。


過去、極悪人だった人間、それも、それなりの理由があって極悪人になった人間。

特に前半、安成はいくつも罪深い行為をしてみせます。

それが、一人の女性と出会い、恋に落ちて、悔い改める。

しかし、最後には愛する女性を守るために死ぬ。


ロミオはただ被害者として死ぬわけですが、安成は加害者でもあります。

かつての加害を悔いて死ぬ姿は〈赦し〉を想起させます。

〈赦し〉は人間のなしうる神聖な行為の一つなんですね。 

彼の死を読者に納得いただくためには、安成は悪人であったほうがいい。


でも、悪人の恋は、心から祝福しにくい。

そこで安成には、生まれ変わってもらい、多少の罪滅ぼしをした善人として、死を迎えてもらう結末にしました。


しかし、いくら罪滅ぼしをしたとしても、元悪人が最高に幸せになってしまったのでは、彼の悪事の犠牲になった人たちが浮かばれません。 

因果応報によって、最後に帳尻が合うようになっています。
鶴姫も、皆と自身を守るためとはいえ、敵の命を奪っており、因果応報を免れえないのです。

小説における因果応報は、私にとって、後味の良いコーヒーの香りのようなものですね。

★鶴姫公園の案内板<鶴姫哀話>

赤神 諒(アカガミ リョウ)

1972年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、上智大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。私立大学教授、法学博士、弁護士。2017年、「義と愛と」(『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞し作家デビュー。他の著書に『大友の聖将(ヘラクレス)』『大友落月記『神遊の城』酔象の流儀 朝倉盛衰記『戦神』妙麟』『計策師 甲駿相三国同盟異聞』がある。

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