『メゲるときも、すこやかなるときも』ブックレビュー

文字数 1,722文字

 戦争、物価上昇、物騒な事件、そして一向に終焉が見えない新型コロナウイルスの世界的流行。何かあるとすぐSNSなどにネガティブコメントがあふれ、気が滅入ることの多い日常だからこそ、人のあたたかさにあふれ、読んだあと前向きな気持ちになれる「幸せ」な本を読みたいですよね。

そんな方にぴったりの素敵な物語、堀川アサコさんの『メゲるときも、すこやかなるときも』をご紹介します。

写真/アフロ

「幸せの国」に行きたい人へ


 主人公の乃亜は、経済的にも恵まれ、両親や親せきから大切に育てられ、かつ高学歴という、まさに「温室育ち」の女性。──そんな恵まれた乃亜が結婚相手にと選んだのは、イマイチうだつがあがらないかわりに、彼女をとても大切にし、愛してくれる雪男(ユキオ)。


 あり得ないほど恵まれた彼女ですが、ある日急転直下の出来事が身にふりかかります。彼女をあれほど愛していたユキオが、経営していたイケてない食堂を放ってまさかの失踪。冗談みたいな「捜さないでください。」というメモを残して。ひとり残された乃亜にあるのは、結婚した時に両親から渡された緊急用のお金と、お客さんの来ない食堂だけ。しかも専業主婦だったので、食堂のことは何一つわからない――。


 にっちもさっちもいかない状況ですが、そこからがこの乃亜の類まれなるキャラクターの本領発揮です。はじめこそ茫然自失であった彼女でしたが、状況を把握すると即動き出し、なんとかその食堂を彼女の細腕でやりくりすることに。もちろん仕事もしたことのない彼女ですから、食堂の経営なんぞわからないことだらけ。でもとにかく一生懸命になんとかしようと駆けまわる乃亜に、両親だけでなく、最初はあまり協力的でなかった周囲の人々もついつい助け船を出してくれるように。


「乃亜の才能」はそれ、なのです。


 高学歴を活かしたものすごい戦略を練ったわけでも、両親の太い財力に頼ったわけでもありません。彼女の前向きで純粋な、邪気のない気持ちが周りの人々をどんどん引き寄せていくのです。


 確かに人は、いじわるな人やいつも愚痴ばかり言っている人には、あまり関わりたくありませんよね。乃亜は天然の「幸せ力」のある人で、いつも前向き。人のことも悪く言いません。その幸せ力の磁力のすごさ。いろんな人を引き付け、巻き取っていきます。最初は黒い気持ちのある人も、乃亜といると「いい人化」していく。あまりに純粋な彼女といるうちに、黒い気持ちが漂白されてしまうといいますか。


 乃亜の奮闘ぶりとことの成り行きを見ていると、人と関わることの大切さ、人間はみんな助け合い影響しあって生きているのだ、ということを再認識するのです。


 英国の詩人、ジョン・ダンは「No man is an Island」(人は一人では生きられない)と言いましたが、まさにその通り。コロナで断絶、孤独を味わった今だからこそ、私たちはそれが身に染みてわかります。

ちなみに堀川さんは緊急事態宣言の出された2020年春に、この物語を着想したんだそうです。


 さて、そんな幸せ力のある乃亜のもとに夫・ユキオは帰ってくるのか? 食堂はつぶれずに生き残ることができるのか? 周囲の人たちの恋の行方は…? それは読んでのお楽しみですが、読後に友人に連絡をしたくなり、また人にやさしくなれること請け合いの、やさしさと愛の物語です。正直、冒頭では「恵まれているなあ、乃亜」と若干ヒキ気味に読んでいましたが、最後には乃亜の幸せの国の一員になりたくなっていました! すごいぞ、乃亜の磁力!


 あなたも読んで、乃亜の「幸せの国」に一緒に行きませんか。


『メゲるときも、すこやかなるときも』

堀川 アサコ(ホリカワ アサコ)

1964年、青森県生まれ。2006年『闇鏡』で第18回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主著に『幻想郵便局』『幻想映画館』『幻想日記店』『幻想探偵社』『幻想温泉郷』『幻想短編集』『幻想寝台車』『幻想蒸気船』『幻想商店街『幻想遊園地』の「幻想シリーズ」、『大奥の座敷童子』『小さいおじさん』『月夜彦』『魔法使ひ』『オリンピックがやってきた 猫とカラーテレビと卵焼き』、「おもてなし時空」シリーズなどがある。

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