壊れた世界と壊れない絆

文字数 1,184文字

 日常はずっと続くと思っていた。
 けど、みんなが思っていたよりも、世界は脆く、簡単に壊れてしまうものだった。
 拙作『神のダイスを見上げて』は小惑星の接近により、あと数日で世界が滅びるかもしれない世界で姉を殺された少年が、復讐のために犯人を探すというサスペンスだ。
 くしくもこの小説は、現在の世界状況と似通っている。二〇一九年末に中国武漢で発見された新型コロナウイルスは、わずか数ヶ月で世界中へと拡散し、約百年前に起きたスペイン風邪の大流行に匹敵するパンデミックを引き起こして、日常は音を立てて崩れ去った。そして、一年半以上経ったいまも、まだ世界は元の姿には戻っていない。
 極限状態では人間は本性が剥き出しになる。本作の中でも、全てを諦める者、現実から目を背ける者、心が壊れてしまう者、そして運命を受け入れる者、様々な登場人物たちが
 世界の終わりに際してそれぞれの反応を見せる。
 現実でもこのコロナ禍で、同様の現象が起きている。恐怖からか、COVID-19をただの風邪だと軽視する者や、中には新型コロナウイルスの存在すら否定する者も現れた。
 しかし、そんな異様な世界の中でも、日本では多くの人々がマスクや手洗い、三密回避といった対策を徹底し、被害を少なく抑え込むことに成功している。また、数ヶ月前に欧米で画期的なワクチンが開発され、とうとう人類のウイルスへの反撃がはじまった。
 現在日本では、政府、自治体、医療従事者、そして接種を受ける国民が一丸となって、世界でもトップを争う速度でワクチン接種が進み、コロナ禍の出口へ向かっている。
 どんなに追い詰められた状況であっても、誰かと手を繋げば前を向くことができる。『神のダイスを見上げて』の作中で私が描きたかったことが、いま現実に起きていることに感動している。
 本来の形を取り戻しつつある世界で、壊れた世界を奔走する少年と少女の冒険をぜひ楽しんで頂きたい。



知念実希人(ちねん・みきと)
1978年、沖縄県生まれ。東京都在住。東京慈恵会医科大学卒、日本内科学会認定医。2011年、第4回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を『レゾン・デートル』で受賞。'12年、同作を改題した『誰がための刃』で作家デビュー。「天久鷹央の推理カルテ」シリーズが人気を博し、『仮面病棟』が2015年啓文堂書店文庫大賞を受賞、ベストセラーに。他の著書に、『優しい死神の飼い方』『黒猫の小夜曲』『屋上のテロリスト』『時限病棟』『ひとつむぎの手』『レフトハンド・ブラザーフッド』『十字架のカルテ』『傷痕のメッセ―ジ』「神酒クリニックで乾杯を」シリーズなどがある。今もっとも多くの読者に支持される、大注目の作家のひとり。

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