祝・吉川英治文庫賞受賞&新シリーズ「武商繚乱記」開始記念インタビュー

文字数 9,337文字

「奥右筆秘帳」シリーズにて、「この時代小説がすごい!」の第一位に二度輝き、今年、「百万石の留守居役」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞するなど、二十五年にわたり、当代を代表する時代小説の書き手として走り続けてきた上田秀人さん。

今回は新シリーズ「武商繚乱記」開始にあわせて、元禄の大坂を舞台とした新作の読みどころと、これからの時代小説の可能性について、とことん語っていただいた。


聞き手・細谷正充 写真・松井雄希

このインタビューは、「小説現代」2022年8月号に掲載されました。

元禄・大坂の町の魅力と、時代小説の未来について

祝・吉川英治文庫賞


──このたびは吉川英治文庫賞ご受賞おめでとうございます。


上田 ありがとうございます。本当に感無量です。文庫賞の第一回から第七回までずっと候補に挙げていただいただけに、なんとも言えません。


──第七回は「百万石の留守居役」(講談社文庫)十六巻『乱麻』と完結巻の『要訣』が選考対象になりました。上田さんは毎月のように各社から新刊を刊行されていて、いつ文庫賞を受賞されてもおかしくないと言われていましたが。


上田 「百万石の留守居役」で受賞するラストチャンスでいただけたのは、「お前、長いことよう書いとるな」というご褒美と思っています。やっぱりノミネートされると少しは期待しますから、毎年選にもれるのは、きつかったですね。私は時代小説の文庫書下ろしをメインにしていますが、文庫賞の対象は、書下ろしの作家ばかりではありません。今回の受賞が少しでも書下ろしでがんばっている人たちの励みになれば、受賞の意味があるんですが。


──周囲の反響はいかがでしたか。


上田 どちらかといえば賞とは無縁で来ましたので、家族はもちろん喜びましたが、新聞記事がまともに出ましたので、しばらく行き来のなかった方たちからも連絡をいただきました。文学賞の影響力を感じましたね。


──講談社文庫では、「この時代小説がすごい!」(宝島社刊)で二度、第一位に選ばれた「奥右筆秘帳」から始まって、今回の受賞作「百万石の留守居役」と、上田さんは一作ごとにいろいろテイストを変えてきていますね。


上田 そうですね。いつも何かちょっと変わったことをしようと思うんです。



待望の新シリーズ、開幕!


──新シリーズの「武商繚乱記」ですが、今回は、武士と商人の対決みたいになると思うんですけれども、経済に対するご興味はずいぶん前から示されていますよね? 上田さんの最長シリーズになっていった「水城聡四郎」シリーズ第一弾「勘定吟味役異聞」(光文社文庫)からして勘定方ですから。


上田 やっぱり大阪の人間なので、お金に関しては大好きなんです(笑)。見栄を張らない文化、実質的にお金が残ればいいや、という文化で育ってきているので。江戸時代のお金っていうと小判に目が行きますが、家や土地を買うときどうしたんだろう、二千両抱えてうろうろできないだろう、という疑問が最初に江戸時代の経済に興味を持ったきっかけですね。それで、蔵屋敷から発行されて為替として使える蔵預かり切手というものを扱う世界を知って。


──江戸を舞台とした時代小説が多い中、今回は元禄期の大坂から描かれています。


上田 大阪にあった企業の本店がみんな東京に行ってしまって、最近の大阪の凋落ってなぜなんだろうと考えますね。ひとくちで商都大阪といいますが、全国から米が集まっていた元禄の時代、紡績業などで繁栄していた戦前とは違い、万博後の大阪は、言い方は悪いけどコケてしまった。コケる前の大阪は相当な経済の力が集積していたんですね。


──この作品でも少し触れられていますけど、大坂の陣によってすごく荒廃した町が、ものすごい勢いで復興していくじゃないですか。


上田 そうなんです。江戸にできたばかりの幕府も相当なお金を大坂につぎ込んでいます。大坂城や河川の整備も無理やり諸藩に御手伝い普請を押しつけてやっています。


──幕府も大坂の商都というイメージや存在意義を認めた上で、そこを復興させないとまずい、と大事に考えていたんでしょうね。


上田 ただ、そこから江戸期に入っていつの間にか商人が勢いを得て、「大坂やりすぎだぞ」となったんですね。二代か三代で商家の身代が大きくなると、大名たちが次々に頭を下げに来て借金をする。大坂城代に目をつけられると、そこは大坂商人ですから賄賂とかで抱き込もうとするんですけど、たまにそれを許さない厳格な人物が幕府から派遣されてくる。一罰百戒じゃないですけど、増長した商人への警告に、材木商から始まって米相場を支配して、抜きんでた豪商になった淀屋が選ばれて犠牲になっていった。町人文化の華やぎが、武家を凌駕していく、そんな元禄の大坂を物語の出発点としました。


──淀屋は潰されたあとも面白いんですよね。かたちを変えて続いていて、幕末の討幕運動でも顔を出します。


上田 ひっそりと暖簾分けされた番頭牧田仁右衛門が伯耆倉吉で淀屋を再興するんですよね。代を重ね大坂にも復帰しますが、倒幕側についた淀屋は全財産を投じたと言われています。幕府に対するある種の復讐だったのかもしれませんね。

 もっとも最近では大阪人でも淀屋のことを知らない人も多い。ガラス張りの天井に高価な金魚を泳がせたり、中之島を開拓したり、自力で淀屋橋を架けたりと、逸話はたくさん残っているんですが。


──今回、本当にびっくりしたんですけど、主人公山中小鹿がいきなり寝取られ亭主として出てくるんですよね(笑)。


上田 そのくらいのほうが人間味が出るかと思いまして(笑)。東町奉行所の同心が、上司の筆頭与力の娘を嫁にするんですが、裏切られるんですよね。当然性格はゆがみます。大坂人でありながら幕府の手先として大坂の豪商を潰しにかかるわけですから、どこかゆがんでないとできない。いろいろ考えた結果、上司と妻が敵に回るとこうなるな、と。

 ヒロインをどうしようかと、Zoomで担当編集者と話をしましたが、上方から妻を江戸に連れていってカルチャーギャップを描くのは「町奉行内与力奮闘記」(幻冬舎時代小説文庫)でやっているので、違うやり方をやってみたかったんですね。


──「奥右筆秘帳」や「百万石の留守居役」の主人公像ともまた違った印象でした。


上田 「奥右筆秘帳」は老練な奥右筆組頭・立花併右衛門と隣家の次男・柊衛悟のいわばバディものなんですが、武家としては先の望みのない衛悟をどう引き上げていくかがテーマでもありました。

「百万石の留守居役」では江戸と金沢での遠距離恋愛をやってみたかったんですね。若くして大藩の外交官になった主人公・瀬能数馬と婚約者の五万石の筆頭家老の娘・琴との。もちろん当時は電話もないし、手紙での恋愛は難しいですね。それはそれで二人ともハッピーエンドになるのですが。

 どの物語も絶対ハッピーエンドにしようと考えていますので、今回の「武商繚乱記」もハッピーエンドにするつもりはあるんですが、スタートは思いきりマイナスから行ってみようかと、ああいうかたちに(笑)。


──上田さんの主人公ってだいたい四面楚歌っていうか、四方が敵だらけなんですけど、なかでも今回はかなり敵が集まってきそうです。


上田 今回はいくらでも敵を描けそうなので、第一巻はまだ二つ、三つくらいから狙われる立場にとどめています。年代としてはちょうど本作の二年後が赤穂浪士の討ち入りなので、今回、赤穂藩の国家老大石内蔵助を出しています。


──内蔵助が出たあたりで思ったんですが、赤穂藩だから近い大坂のほうが出しやすいですね。


上田 読者さんにも、ああこの時代かと、すぐにわかっていただけるので。大石さんを狂言回しに使うのは失礼かもしれませんけど(笑)。最近、テレビや小説や歌舞伎で赤穂浪士の忠臣蔵を見ることがなくなりましたね。現代から見ると、テロリズムとなるのでしょうが、基になるのが忠義なのか打算なのか。このあたりで一度とらえなおしてみたい、とも考えています。

 赤穂浪士というのは武士がメインの時代にあって、大名、将軍だけでなく庶民にまで称賛されたじゃないですか。テロリズムを大絶賛する文化っていったい何なんだろう、もう一度赤穂浪士の忠臣蔵をきちっと追いかけてみてもいいかなと思いました。お金の動きから忠臣蔵をとらえてもいいですしね。


──大石内蔵助と出会った山中小鹿が、松之廊下の事件や討ち入りの事件をどう聞くのかも楽しみです。舞台はずっと大坂ですか?


上田 いえ、次の巻あたりで小鹿を江戸に行かせようかと思っています。江戸で彼女ができるのも面白いかなと。江戸にいて、元妻の影響力をどう残すか、敵に回す大坂の影響をどう及ぼすかなど、第二巻、第三巻の課題を今考えているところです。

江戸と大坂の文化の違い


──上方と江戸の違いも読みどころになりそうですね。


上田 昔から大阪人はとりあえず「なんぼにしてくれんの?」とデパートでも値切ってみせる、とよく言われますが、どうやら私たちの世代までなのかもしれませんね。最近の若い人、それこそ私の息子などは値切ったりしないです。大阪人としてどうかと思いますけど(笑)。ヨドバシカメラなど値札どおりに販売をする関東の量販店が大阪に進出したあたりが分水嶺だったかもしれません。大阪人の値切りの仕方というのも、どこかに出せれば面白いかな(笑)。

 ほかにもエスカレーターで、武士が中心だった東では左側に立つけど、町人中心の西では右側に立つというのも、最近は怪しくなってる。


──東の人が左側に立つのは、江戸で武士同士の刀がぶつからないように道の左側を歩いた名残という説もありますよね。


上田 最近ではそれが京都あたりから陥落して、大阪の駅でもエスカレーターの左側に立ってる人がいる。「きみ、東京の人?」って言いたくなりますね。やっぱり東京は巨大な文化圏だなあ。


──今度の作品の商人対武士の構図の中には、大坂対江戸の文化の違いもふくまれているのかも。


上田 まあ、今の一極集中になった東京に対する大阪人のひがみですよ。負けてるのわかってますから。下手すれば横浜にも負けてる(笑)。さかのぼれば武家文化と商人文化との境目がちょうど元禄だと思うんですよね。それに危機感を覚えた八代将軍吉宗が享保の改革で、もう一度武家文化に戻そうとした。ところが白米を食べ慣れるとやっぱり玄米より美味しいのと一緒で、改革の号令は吉宗一代で終わってしまって、また商人文化に戻ってしまう。武家文化が商人文化の勢いを凌げた最後のチャンスが元禄だったんだろうなと思う。そのあたりの雰囲気を匂わせることができるといいんですけれども。


──二〇一六年から「日雇い浪人生活録」(ハルキ時代小説文庫)が始まって、二〇一七年に「辻番奮闘記」(集英社文庫)、二〇二〇年「勘定侍 柳生真剣勝負」(小学館文庫)、「高家表裏譚」(角川文庫)、今年から「隠密鑑定秘禄」(徳間文庫)、今回の「武商繚乱記」と、上田さんは続々と新しいシリーズを起こされていますが、作品のテイストが一作ごとに違っているのを感じます。


上田 やっぱり今の出版事情が厳しいし、先もどうなるかわからないので、新しいシリーズを始めさせていただくにあたって、「前のシリーズと同じだよね」とは絶対に言われないようにしなければいけません。読者さんに見抜かれますから。やっぱりいちばん怖い相手なので。読者さんをいかに「そうだね」とうなずかせるか、それができればこちらの勝ち、「そんなことないよ」と反発させてもこちらの勝ち、こちらの試みに興味をもってもらえればいいんです。


──今回、同心が主人公じゃないですか。大坂の町奉行の体制とか、こういうシステムになっているのか、と興味深かったです。


上田 警察の捜査費でしたっけ、警察にとっての官房機密費のようなものですが、それは町奉行の私的経費から始まっているようですね、大阪の警察は今でも多いんだとか。お金といえば大坂町奉行でも、金銭でしくじって幕末まで何人もクビになっている。大坂町奉行は出世コースと言われますが、そこで出世の階段を踏み外す者が出てくる。お金の誘惑に負ける奴はそこで終わり、それに打ち勝てば、勘定奉行などに上がれることになる。


──江戸の吉原、京の島原と並ぶ大坂の新町遊郭も出てきますね。第一巻では、淀屋の若い五代目が新町を買い切る豪勢な「総揚げ」をしています。


上田 遊郭の遊びももっと派手に書いて小鹿を遊ばせるつもりだったんですが、妻を寝取られた男がちゃいちゃい言って遊べるものかなと、やや暗くしました(笑)。

 企業の接待、接待文化も大坂から始まったと言われています。一世を風靡した豪商淀屋の接待の凄まじさというのも書いてみたいですね。五代目の馬鹿息子が自分のために使うのとは違う、淀屋の立場を守るためのお金の使い方ですね。


──第一巻からいろいろ伏線を張っていますね。


上田 いっぱい布石は打つんですけど、読者さんが受け入れてくださればシリーズが長くなって、伏線も回収できます(笑)。


──十手を使う同心ということで、小具足術が出てきます。久しぶりに読みましたよ、小具足術。


上田 戦国時代では、地に伏した敵の首を取るために相手を押さえ込む技だったので。結局は、人殺しの技だったんですね。


──小鹿が小具足の師匠のことを思い出す場面で、「これからは退屈な日々がお前を待っている。牙をおさめて我慢する時代をお前は生きていくんだぜ」という意味のことを師匠に言われます。小鹿もまた、元禄の時代に合わない人間ですよね。


上田 その時代の変化もおっしゃる通りで、あの師匠に言わせたかったのは、「武家文化は終わった。血なまぐさい戦国はもう帰ってこないんだよ」ということで、大坂商人のお金の文化の始まりを告げさせたんですね。


──江戸に行くと、大坂で出てきた面白い人物たちはどうなるか、気になりますね。個人的に気に入っている人物は、同僚の竹田右真ですね。いかにもひねくれた小物で。そんな竹田右真を見ている周囲が割と冷静というか、冷ややかに見ているのもリアルでした。


上田 そう、尻馬に乗っているのを冷たい目で見ている。どこにも必ずいますよね、今の企業にも。もともと私の小説を読んでくださる読者さんは、そろそろリタイアだったり、すでにリタイアされて第二の人生を謳歌されている方が多いので、昔、自分のまわりにこんな奴おったな、とか思い出していただければ、それだけで作品として成功なんだろうなと思っています。読者さんに向いた作品を書き続けていかないと、せっかく文庫賞をいただいた意味がないですし。



時代小説界の展望について


──十年後、二十年後の時代小説はどうなっていると思いますか?


上田 私の前には月刊ペースで書かれてきた佐伯泰英さんや鳥羽亮さんなど、文庫時代小説を引っ張って、第三期黄金時代を築かれた方たちがいた。私なんかはその勢いに乗っていけばよかったけど、今の若い作家は大変だと思います。


──時代小説ももうちょっと下の世代にがんばってほしいんだけど、いけそうだなと思う人たちがどんどん失速してしまう。


上田 やっぱり耐えなきゃいけない時期ってあるわけじゃないですか。当然、売れない時期、キツい時期が私もありましたし、それを乗り越えてやっと時代小説の世界で「あいつ、頑張ってるな」と言っていただける。そこに至るまでの努力と我慢ってどうしてもしなきゃいけない。


──結局、残るべき人が残った。


上田 時代小説は日本人の精神性からいって、なくなることはないと思うのだけど、問題はこれからも市場として成り立っていけるかどうか。池波正太郎さんや司馬遼太郎さん、藤沢周平さんらの過去の遺産をぐるぐる回してごまかす時代にならないか、それが怖いですね。


──好きな作家が別に過去の作家でも構わないわけですから、それをずっと読んで満足しちゃう読者だっているかもしれない。つまり新しい作家が割って入るときには、何を提示できるのか、という話になりますよね。新しい面白さがないと、やっぱり勝負にならないでしょう。


上田 そうですね。テレビが曲がり角に来たのと同じ現象があるんだろうと思いますね。小説全体はどうなんですか?


──出版文化っていうのがたぶん、昔に戻っているんだと思ってるんですよ。電子書籍が主体になって、紙の書籍が高価なものになってくると、本を買って読むというのが一部の趣味人のものになってしまう。サロンみたいな。昔、本が高かった時代がそうでしたから。でも今は「小説を読む」行為自体はむしろ機会が増えてる。だってネットで無料で読める小説が山ほどあるわけだし。


上田 なるほど。でも意地でも、無料というのはやめてほしいなあ。


──若い作家たちの中には「無料でもいいから、読んでもらいたい」という人がいるんですけど、プロがそれ言っちゃダメでしょ、と思いますね。


上田 やっぱりお金をもらってなんぼ、の世界なので。十年先まで私が元気で書けていたとしたら、その頃、若い時代小説の作家がいてるんやろうか? と考えるとちょっと怖いです。量産できないとやっぱりダメですから。とくに文庫時代小説ならなおさら。でも上田に会うと、締切り守れ、もっと書け、と必ず言われると、若い人たち何人かには嫌われています(笑)。


──えーっ、それを言われるってことは、すごく恵まれてるのに。今の若い人たちって、本当になんで金を儲けるのをあんなに嫌うんだろう。


上田 何も欲しいものがないんでしょうね。私たちのときは、いい車買いたいとか、海外旅行に行きたいとか、いろいろありましたけど。


──確かに。未だに本が買いたいです(笑)。さすがに十年先はともかく、二十年先はいい加減引退しているだろうな(笑)。だからあとは若い人たちに任せましょうか。


上田 若い人たちに任せましょうって、お見合いの席じゃないんだから(笑)。



作家・上田秀人の向かう先


──上田さんの最近の作品は、話に余裕があるというか、ゆったりと進んでいますね。


上田 五十代は書けるだけ書きたい、と言ってきました。上田秀人の次はまだか、と言われるのを誇りにも思ってきました。六十代になっても、しばらくは同じペースで行けましたが、読者さんともどもお互い体力や集中力がなくなってきますし、コロナ禍で書店に出かける機会も減っているので、そろそろ一冊読んだらそれで終わりというのではなく、たとえば二週間、三週間楽しんでいただける、後から読み返すと「こんなところに布石を打っていたのか」と伏線を見つけていただけるような書き方もあるかな、と思っています。


──時代小説の読者って、リアルタイムで読むことをあまり気にしてないのかなって気がするんですよ。新刊をすぐに買って「読んだぜ」と喜びを感じるんじゃなくて、ちゃんと物語として最後まで読める安心感を求める。読者としてはよくも悪くも保守的なのかな。


上田 書下ろし時代小説は売上の初速が早い、と編集者たちには言われますが、お目にかかった読者さんとかに聞くと、人気が出て四巻になるまでは買わないんだよ、という方もいる。シリーズの完結後、まとめ買いをされるもおられるようです。

 それだけに読者さんは怖いです。長いシリーズなどは、最初の頃の巻で打った布石を作者も忘れていることがある。ご指摘いただくのはありがたいことなんですが、それは自分のミスでも甘さでもあるので。

 年に新刊を十五、六冊出すなど五十代はとにかくがむしゃらに書いてきましたが、これからは気持ちを新たにして、年間ええとこ新刊十冊くらい、その代わりに一つ一つの作品についてゆっくり考えられるようにしたいです。


──はい、それは感じました。


上田 読者さんに次も読みたい、と言っていただける間は、棺桶の蓋が閉まるまでがんばりたいなと。それが今、新たな目標ですね。どこまで読者さんに寄り添っていけるか、一緒に人生を歩んでいけるか。長く読んで下さる方は、家族みたいなものですから。

 新しいシリーズを書くときは、読者さんに受け入れていただけるか、いつもドキドキなんです。「武商繚乱記」は私なりに新しい仕掛けを入れ込んでいます。楽しんでください。



(当インタビューは2022年6月7日、講談社にて行われました)

上田秀人(うえだ・ひでと)

1959年大阪府生まれ。大阪歯科大学卒。97年小説CLUB新人賞佳作でデビュー。歴史知識に裏打ちされた骨太の作風で注目を集める。講談社文庫の「奥右筆秘帳」シリーズは、「この時代小説がすごい!」(宝島社刊)で、2009年版、2014年版と二度にわたり文庫シリーズ第1位に輝き、第3回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞も受賞。抜群の人気を集める。「百万石の留守居役」は著者初めての外様の藩を舞台にしたシリーズ。文庫時代小説の各シリーズのほか歴史小説にも取り組み、『孤闘 立花宗茂』で第16回中山義秀文学賞を受賞。他の著書に『竜は動かず 奥羽越列藩同盟顛末』(上・下)など。2022年第7回吉川英治文庫賞を「百万石の留守居役」シリーズで受賞した。

『戦端 武商繚乱記(一)』

上田秀人

講談社文庫 定価:748円(税込)

時は元禄。上方では米や水運を扱う大商家の淀屋が諸大名に金を貸し付けるほどの隆盛を極めていた。もはや看過できないと、老中土屋相模守政直は、目付の中山出雲守時春を大坂東町奉行に任じ、その配下となった町方同心山中小鹿は密命を託される。

商人の台頭を武士は抑えられるのか。両者の生き残りをかけた戦いが始まる。

「奥右筆秘帳」シリーズ

上田秀人

講談社文庫 全12巻+外伝1巻

幕政の闇を知り、命を狙われる奥右筆組頭の立花併右衛門。併右衛門と愛娘瑞紀を護るのは、厄介者となっていた隣家の次男柊衛悟。「筆」と「剣」の力で闇と闘う彼らの前に立ちはだかるのは無敵の甲賀忍・冥府防人、そして権の亡者と化す一橋民部卿治済。果たして併右衛門と衛悟は、闇の手から江戸の町を守れるのか──? 『この文庫書き下ろし時代小説がすごい!』(宝島社刊)ベストシリーズ第1位、「この時代小説がすごい!」(宝島社刊)2014年版文庫書き下ろし部門シリーズ&作家別第1位、第3回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞受賞、圧巻の時代小説シリーズ!

「百万石の留守居役」シリーズ

上田秀人

講談社文庫 全17巻

百万石の所領を誇る外様第一の加賀藩。その筆頭家老の本多政長は、各地の諸大名を凌ぐ五万石を所有していた。一方、幕府の実権は病弱な四代将軍家綱に代わり、大老酒井忠勝らが握っていた。権勢維持と御家騒動誘発を狙い、酒井はなんと外様の加賀藩主・綱紀に次期将軍の白羽の矢を立てる。藩論は真っ二つ。混乱の中、留守居役として江戸藩邸に向かうことになった藩士・瀬能数馬は、本多政長に見込まれ、五万石の姫君・琴姫を娶ることに。藩の外交官として何より老練さが要求される留守居役には若すぎる数馬に、数々の試練が振りかかる──!? 第7回吉川英治文庫賞受賞の人気シリーズ!

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