ゾフィー上田の「自分では出会わない本について語る会」第八回

文字数 2,969文字

お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、読書家としても知られています。

でも、最近ふだんの読書だけでは物足りない様子。。。


そこで当コーナーでは、編集部からご自身では絶対に買わなそうな本をチョイスして、上田さんに読んで語ってもらいます!

〇嬉しい奢られ飯No.1! 「焼肉」語からあふれ出る、肉汁のような思い出たち

 あなたにとって「奢られ飯」はなんですか?奢ってもらえるとしたら何が食べたいか?突然お金持ちが現れて「奢るよ!何食べたい?3、2、1、はい!」と言われたらあなたはどうしますか?おそらく「焼肉」か「寿司」のどちらかを選択する人が多いだろう。奢られ飯界のツートップ「焼肉」と「寿司」。だが考えてみると「焼いた肉」と「さばいた魚とお米」である。この非常にシンプルな料理を高級と位置付けているのはなんとも不思議だ。「トリュフ食べたいです」は聞いたことがない。「奢られ飯」には「お腹いっぱい食べたい」という原始的な欲求が潜んでいると思う。「焼肉食いたいです」という後輩を焼肉に連れて行き「自分ダイエット中なんで」と腹八分目にされたらなんか嫌だ。とはいえたくさん食べられ過ぎるのも金銭的に嫌だから後輩にはとにかくご飯をたくさん食べて欲しい。はい。これは本当の話。さて今回私が紹介するのは『焼肉用語辞典』後輩先輩老若男女みんな大好き焼肉の本。焼肉が辞典になるなんて。そういや全然関係ないけど昔めちゃイケも辞典出してたよね。あれ嬉しかったし買っちゃった。好きな物は辞典にして欲しいし手元に残しておきたい。焼き肉ガチ勢の気持ちが伝わってくる本だ。

 

 この本がどれほどガチか。「焼き肉用語辞典」の「あ」の項目の1番最初に何が来るのか?「網」だと思っていたが予想を大きく外した。この辞典の「あ」はなんと「アイスクリーム」から始まる。デザート?たしかに牛角のアイス美味しいけど!そこから「アウトサイドスカート」「褐毛和種」「赤センマイ」「赤身肉」「赤もの」「アキレス」「あぐー豚」「アサード」「アズキ」「厚切り」「アナンダマイド」「油」「脂」「炙る」と続き、ようやく「網」が登場して「網チェンジ」の解説となる。「あ」だけでこの辞典が網羅しようとしている守備範囲が非常に広いことがわかる。しかも全部イラスト付きで丁寧に解説されている。4ページだけで美味しそう。この辞典は少しでも焼肉の匂いがすれば焼肉用語に該当し収録している。「たむらけんじ」さんすら焼肉店経営者として「たまねぎ」と「タレ」に挟まれている。さらにこの辞典には「ロッキー」も登場する。シルベスタ・スタローンも焼肉店経営してるのかな?と思っていたら、映画「ロッキー」で精肉工場の冷凍庫の中で大きな肉の塊を殴りつけるシーンがあるのだが、そのサンドバッグ代わりになっているのが、牛肉の枝肉だというのだ。もはやなんでもあり。肉とあらば網に乗せる。てか「枝肉」ってなんだろう?辞典で調べてみる。「枝肉」とは牛や豚の食肉処理をし、内臓、四股、頭、尾を切り離し、脊柱に沿って二分割したもの。牛がつるんつるんになってぶら下がっているあの状態を「枝肉」って呼ぶのか。なるほど。肉の格付けはこの状態のもので行われるらしい。てかそもそも肉の格付けってA5ランクとかなんとか聞くけど何を基準に決めてるんだろう?「格付け」を辞典で調べてみる。あわわ。やばい。「焼肉用語辞典」の沼に完全にハマっている。そして何より焼肉が食べたくなる。知識欲と食欲を同時に刺激する辞典だ。


 途中に出てくるコラムも興味深い。「肉の焼き方」について著者である田辺晋太郎さんはこう語る。「飲食店の多くは席に料理が運ばれた瞬間に、味は決定している。一方、焼肉では消費者が味を作る」たしかに焼肉を焼くのがヘタクソだったら、どんなお肉も台無しにしてしまう。私は三四郎の相田さんに極貧時代からずっと飯を奢って頂いている。そんなにもお世話になっている先輩と焼肉に行く時、一般常識からすれば後輩である自分が肉を焼くべきなのだろうが、肉焼のセンスがゼロなので、いつも相田さんが焼いてくれている。これをちゃんと読んで上手に焼けるようになりたい。でも。かつてもんじゃ焼屋さんで働いていた時に焼き方を間違えて座席を焼いてしまった私に肉を上手に焼けるのだろうか?(嘘みたいな本当の話)


 そしてふとバイト時代を思い出した。あの頃はネタを書いてはバイトして、バイトしてはネタを書いた。ついにはバイトをしながらネタを書き見つかって怒られ怒鳴られクビになった。そんな様子を見て不憫に思った相方が「コンビの雑費は俺が出すから、ネタ書くのに集中しなよ」と提案してくれた。とにかく売れてない芸人はお金がかかる。ライブのチケットノルマ、テレビ局のオーディションまで行く交通費、叫ぶネタを練習するためのカラオケ代、医者コントなら白衣を買ったり、お坊さんコントなら作務衣を買ったり、腹話術コントなら腹話術人形を買ったり。この雑費を全部出してくれるというのだからナイス太っ腹ガイである。そこで私はアルバイトを最小限にとどめてネタ書きに集中した。気が付けば私は相方を社長と呼び、気がつけば相方はバイトをめちゃくちゃ頑張ってどんどん昇進して本当に社長になった。(嘘みたいな本当の話2)そしてついには「いいネタが書けたら焼肉を奢ってくれる」という謎の慣習すら誕生した。あの頃相方が奢ってくれた焼肉が血となり肉となり今がある。そして今、貯金が底をついた。今こそもう一度あの制度を復活させたい。まもなくキングオブコント準決勝。もしも決勝に行ったら焼肉を奢ってもらおう。

「焼肉語辞典 焼肉にまつわる言葉をイラストと豆知識でジューシーに読み解く」

監修:田辺晋太郎 イラスト:平井 さくら

誠文堂新光社

定価1650円(税別)

上田航平(ウエダコウヘイ)
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。

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