愛されなくても別に/武田綾乃

文字数 1,350文字

大好きな小説のPOPを一枚一枚、丁寧に描きつづけた男がいた。何百枚、何千枚とPOPに”想い”を込め続けるうちに、いつしか人々は彼を「POP王」と呼ぶようになった……。

こちらは”POP王”として知られる敏腕書店員・アルパカ氏が、お手製POPとともにイチオシ書籍をご紹介するコーナーです!

(※POPとは、書店でよく見られる小さな宣伝の掌サイズのチラシ)

ここには痛烈に映し出された「いま」がある。息苦しい閉塞感。混迷した時代の空気。根深い貧困問題。不安に満ちた孤独と毒親の束縛。トラウマ支配された運命。弱みにつけ込む新興宗教。いったい何を信じて生きればいいかわからない。


そんなこの社会の病理を浮き彫りにさせながら、若者たちの肉声がこれほど率直に伝わる作品も稀であろう。紡がれた文章はさまざまな念が込められて言霊が宿っているように感じられる。目には見えない人間の意識の底にあるものが見えてきて、聴こえない声まで耳に入ってくるのだ。


レールを敷かれるばかりが人生ではない。アルバイトに明け暮れて典型的なキャンパスライフを過ごせない主人公の生活からは、さまざまな境界線もまた見えてくる。大人と子供、愛と憎しみ、聖と俗、善と悪、光と影、美と醜、嘘と真実、正常と狂気・・・対極にある存在を意識させながら自らの立ち位置を明らかにさせようとする。


しかしこの世は決して白黒で決められるものではない。どちらともつかないグレーゾーンが圧倒的に力を持っているのだ。本来ぼんやりとしているはずの灰色の部分を鮮やかに色づけるのがこの作品の読みどころのひとつである。


五感の強調もまた魅力的だ。極めて感度が高くて鋭い。


とりわけ匂いの描写はいい意味で執拗であり、香りをたどれば物語が読み解けるといっても過言ではない。食べものに香りがあれば土地にも匂いがある。染みついた体臭もあれば人工的な芳香剤の香りもある。ひとつひとつの匂いに意味があるのだ。登場人物の個性やシチュエーションからそれぞれに独特の香りが漂ってくる。全編を通じてまずは鼻で読むといい。嗅覚を研ぎ澄ませて読めばストーリーはより身体の中に入りこんでくるのだ。


『愛されなくても別に』という人生を達観したようなタイトルからも著者の並々ならぬ思いの丈が伝わってくる。煌めく自由を掴み取るために、そして理不尽なこの世界で生き抜くためには戦い続けなくてはならないのだ。青春の息吹を描き続けている武田綾乃は、この一冊のために尖ったナイフを研ぎ続けていたのかもしれない。切り開かれた先には見たこともない景色が見えてくる。それは希望を感じる未来なのだ。


明確に伝わるメッセージの数々はたくましく握りしめられた拳でもある。そこから繰り出されたパンチは的確にヒットして心を激しく揺さぶり続ける。高密度に凝縮されたこの強い意志を思う存分に浴びてもらいたい!

POP王

アルパカにして書店員。POPを描き続け、王の称号を得る。最近では動画にも出たりして好きな小説を布教しているらしい。

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