第8回

文字数 2,638文字

感染拡大がいったん収まり、一部外出や経済活動が解禁されたものの

「withコロナ」時代を生きることになった人類。


仕事も飲み会も「家でやろう」に変わり、パリピやリア充から

まさかのひきこもりに主役の座が移ったように見える。


しかし、「明治維新以来の日本の夜明け」とのぬか喜びは禁物、

そこには様々な罠も潜んでいた!?


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする

困難な時代のサバイブ術!

フリーのおキャット様の中には、その御身を愚かな人間に触れせてくださる、まさにこの腐敗した世界に落されたゴッズチャイルドとしか表現できないタイプと、決して警戒心を解かない、人間の愚かさを良く理解していらっしゃる全知全能の神タイプがいる。


両者とも「神」であることには違いないのだが、あえて違いを言うと「人慣れ」しているか否かである。

つまり慈悲深いか気高いかの違いだ。


人に慣れているおキャット様は、人間のことを大して力のない下等生物と理解しているので、上位の生き物として悠然と振る舞ってくださる。

片や人を見慣れていないおキャット様は、何か得体の知れない臭い肉の塊が近づいてきたというこれまた完璧な洞察力で、警戒したりその場を後にしたりするのである。


この「人慣れ」は生意気にも、おキャット様だけではなく、人間にもある。


つまり「ひきこもり」は人に接する機会が少ないため、人慣れしていない獣状態になってしまうことがままあるのだ。


ひきこもっていると、人と接するのが怖くなりますます人と接しなくなる。喋らないから言葉を忘れるし、気が付いたら全身が陰毛で覆われている。


世界で発見されているUMAはこのようにして生まれるのだ。

もし山中で出会ってしまったら、まっすぐ目を合わせながら話しかければいい。

そうすると、奴らはこちらの襟の部分ばかりを見ながら半笑いで後ずさり、「あっ」といかにも用がある風なことを言ってどこかへ消える。


しかし、「深淵をのぞいている時、深淵もこっちを舌打ちしながら見ている」と言うように、人間怖いと思っているひきこもりも、周りから恐れられたりしているのである。



人慣れしていないおキャット様に近づくと、警戒のポーズを取られたり、威嚇されたり、逃げられたりするだろう。

おキャット様であれば、これらの行動もいとをかしであり、むしろ「ン…ネコチヤン…」みたいなことを言いながら突然近づいてくる人間の方が圧倒的に悪い。

本来なら聖なる雷(いかずち)で灰塵と帰してもおかしくないところを、おキャット様の寛大さにより警戒されるだけで済んでいるのだ。

しかし、人間がおキャット様のように警戒ポーズを取ったり、毛を逆立てたり、イカ耳になったり、素早く路地裏に入りこんだらどうだろう、完全に不審者である。


そこまででなくても、久しぶりに人と接することになったひきこもり、というのは近い行動を取っていたりするのだ。

基本的に緊張状態なので落ち着きがなく、極力目を合わせようとしないので、どこを見ているかわからない。そして本人的には笑顔なのだが、人からみるとひきつけを起こしているのである。

そして、こちらが相槌すら挟む余地なく一方的に早口で己の言いたいことのみを言い、聞き返すと「マジかよ」という表情で固まって何も言わなくなったりするので、相手としては「日本語が話せるのに話が通じない生き物」という未知との遭遇なのである。


ひきこもり的には普通に接しているつもりでも、普通の人から見るとこのような不審者ムーブを取っているというのは、ひきこもりあるあるであり、そこから「ちょっと変な人」と思われがちなのである。


市井の人というのは、エッセイとかやっている業の深い人間以外はあまり変な人とは関わりたがらないものだ。しかし、ひきこもりはたまに外に出て人と接した時に挙動不審になってしまい、「変わった人」と思われて孤立し、さらに人間と接しなくなりUMAになるという悪循環を起こしがちなのである。


つまり「ひきこもり」というのは出来るだけ人間との接触を避けつつも、接触する時は「変な奴」と思われないようにすることが重要であり、それが一番難しかったりする。


まず「あまり人と接触しないようにする」という基本は崩さない方が良い。


「ボディタッチすれば良い」というモテテクが非常に危険であり、下手をすれば仲良くなれるどころか不快感しか与えないように、積極的に話すほど仲良くなれるというわけではなく、むしろ相手を引かせてしまう場合がある。


部屋からろくに出ない奴が突然フルマラソンに挑戦しようとしないように、ひきこもりはひきこもりでコミュ筋力が弱っていることを自覚し、「難しい技」には挑まないようにすべきなのだ。


難しい技とは、相手と仲良くなろうとしたり、まして笑いを取ろうとするような行為だ。

まずそういう「相手に良い印象を与えよう」という気負いを捨て、「用件のみを伝える」ことに専念した方が良い。


むしろ、仲良くなる、など無駄なハードルを設定すると「用件を伝える」という目的は果たしているのに「目標を達成できなかった」と落ち込むことになり、余計人と話したくなくなる。


逆に「用件のみを伝える」を目標にしておけば、用件を伝えられただけで、自信がつくのである。


よって、人と接しなければいけない時は、最低限伝えることを整理していったほうが良く、アドリブでイケるなどとは思わないほうが良い。


とはいえ、台本の如くキッチリ決め過ぎない方が良い。

台本通りにいかないと、一瞬でパニックになってしまいSEみたいな声が出てしまったり、全然「ハイ」じゃないことにも「ハイ、そうです、ハイ」としか言えないBOTになって後で頭を抱えることになる。もちろん「訂正」などという高度な会話はできない。


とにかく、ひきこもりが外界と接しなければいけない時は、落ち着くことが肝心だ。

何事も「苦手なことほどゆっくりやれ」である。

★次回は6月26日(金)更新です。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中。

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