本づくりを支える裏方たちを描いた物語/永江朗
文字数 819文字
一冊の本には、著者と編集者以外にさまざまな人がかかわっている。
本の最後、奥付と呼ばれるページには、著者や出版社の名前とともに印刷所や製本所も記されている。
映画のエンドロールならすべての関係者の名があるが、本の場合は印刷所や製本所の会社名だけだ。
だがそこにはたくさんの人がいて、彼らなしには本はできない。本書は本づくりを支える裏方たちを描いた物語である。
主人公は印刷会社の若手営業部員、浦本。
印刷会社はメーカーで、印刷はものづくりである、というのが矜恃だ。
出版社との窓口役の浦本が、編集者や作家の難しい要求に応えながら本をつくり、数々のトラブルを乗り越えて成長していく。
営業という仕事は理想と現実の板挟みだ。
編集者や作家は「こんな本にしたい」とたくさんの要望を伝えてくる。
だが時間やコストなどさまざまな現実が立ちはだかる。浦本はほうぼうに頭を下げ、交渉し、走り回り、アイデアを絞り出して解決策を見つけていく。
浦本の好敵手が印刷現場の係長、野末。夢を語りたがる浦本とは正反対の現実派だ。黙々と印刷機を動かす。
しかも彼は、義弟の医療費を負担するために困窮しており、家庭は荒れ気味だ。
この野末を登場されたことで、小説は奥行きが増した。
一冊の本ができるまでを、微に入り細をうがち描いている。
作家はもちろん出版社員や書店員でも、ここまでは知らない人もいるのではないか。本をつくるということが、いかに大変な行為であるかがよくわかる。
昔に比べて印刷・製本の現場がかなり機械化されたとはいえ、職人の勘を頼りにした手作業が多いし、機械をあやつるのも人間である。
印刷機に語りかけ、わが子をあやすようにして操作するベテラン職人が登場するが、まさに本づくりは人間くさい仕事なのだ。
電子化など書物の形態はこれからも進化し続けるだろう。
だが何かを伝え、人びとを感動させるという本づくりの本質は変わらない。
熊本日日新聞2018年4月8日掲載(共同通信配信)