さよなら、またいつか。

文字数 1,358文字

 今まで、色んなもの、あるいは人とお別れしてきました。
 密かに好きだった男の子が転校してしまったり。不幸な出自を背負った女友達からの依存過重に耐えきれず連絡を断ったり。一緒に暮らしていた彼に他にも相手がいたとわかって家を追い出したり。書きかけの原稿が手に負えなくなってお蔵にそっと入れたり。そういえばつい最近、二十歳の頃から着ているTシャツに複数の穴が空いてあまりにもパンキッシュになってしまい、ついに捨てざるを得なくなったりもしました。
 とにかく、生まれてこの方、大小さまざまの別れを経験してきた私です。
 今回もまた一つの別れがやってきます。かれこれ五年も付き合ってきた『東京すみっこごはんシリーズ』とのお別れです。
 この物語は、当時住んでいた東雲の街を、豊洲まで自転車に乗って移動している最中にぱっと思いつきました。全く知らない人同士が集まって、くじ引きでお料理当番を決め、不味くても美味しくても、文句を言わずに食べる場所があったらどうかな? 後日、編集のお二人と顔合わせをした際、軽く話してみたら「いいですね、タイトルは?」とすんなり通ってしまいました。ぼんやりと考えていたタイトルを話すと、これまたあっさりと通ってしまい、そんなに簡単でいいの? と内心で焦っていた記憶があります。
 ご飯ものは売れる、という空気が、当時すでに醸成されていたから、売れなかったら東京湾に沈んでこの世界にお別れしよう、とまでは思っていなかったけれど、それなりに緊張はしていたのもよく覚えています。幸い、初速がよく、重版がかかりました。初めての重版だったと思います。ありがたいことに続編のご依頼をいただいたため、つわりでゲロを吐きながら二巻目を書きました。三巻目は、子を保育園に預けて書き上げ、四巻目は「ネタを出し切っても、次また何か思いつきますよ」という担当さんを信じて幕の内弁当のようにネタを放出しました。五巻目、まったく何も思い浮かばず、去年刊行の予定から大幅にずれて、今回の刊行になってしまいました。待ってくださっていた読者の皆様、申し訳ありませんでした(涙)構想二年、ではなく、編集さんのお知恵をたくさんお借りしての書き直し二年。その分、グランドフィナーレにふさわしい物語になりました。
 さよなら、すみっこごはん。皆様の心の中でもレシピノートは永遠です。
 そう言えば、作中の料理は必ずつくっていたけれど、最後まで料理の腕は上達しなかったな。え? 得意料理? お刺身です。
 それでは、ごきげんよう、さようなら。また会う日まで、お元気で。



成田名璃子(なりた・なりこ)
1975年青森県生まれ。東京外国語大学卒業。2011年『月だけが、私のしていることを見下ろしていた。』で第18回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞し、デビュー。16年『ベンチウォーマーズ』が第12回酒飲み書店員大賞を受賞。著書に「東京すみっこごはん」シリーズ、『グランドスカイ』『咲見庵三姉妹の失恋』『坊さんのくるぶし 鎌倉三光寺の諸行無常な日常』『今日は心のおそうじ日和 素直じゃない小説家と自信がない私』『月はまた昇る』などがある。



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