じんかん/今村翔吾
文字数 1,448文字
こちらは”POP王”として知られる敏腕書店員・アルパカ氏が、お手製POPとともにイチオシ書籍をご紹介するコーナーです!
(※POPとは、書店でよく見られる小さな宣伝の掌サイズのチラシ)
歴史は生き物である。巨大な竜のように時代を呑み込み、ちっぽけな人間たちの営みを嘲笑う。
人は誰もがダイナミックな歴史の渦の中に今を生きている。過去もまた過ぎ去った記憶ばかりではない。かつて生きていた人々の魂が地層となって、今この時代とこれからの未来への地盤となるのだ。
戦国の梟雄・松永久秀の生き様はとにかく鮮烈だ。
この世の負の部分を全身に背負った大悪人のイメージ。神仏をも顧みず日和見主義で裏切りを繰り返す欲望の権化。この世から抹殺されて仕方のないような人物像で語られてきた。
人間・松永久秀がこれ程までにその肉声を吐露した物語がこれまであったであろうか。「人間よ、この声を聞け!」という魂の叫びが頭から離れない。
生まれながらに戦に明け暮れ、戦国の世の理不尽な無常感が染みついた人生。「人間の国を取り戻す夢」を追い続けて、生涯悩み続け答えのない問いかけをし続けてきた武将である。茶の湯を拠り所とし新たな価値観を生み出していった先見性。戦のない国を目指して領民にも慕われた人間性。
歴史書からも埋もれかけてていた、これらの長所を明らかにすることによって、歴史観が逆転する痛快さを知るとともに隠されていた真実も見えてくる。
裏切ったのは久秀ではない。変わらぬことを善とする心と狂った社会が彼を裏切ったのである。
語り口の妙もまた素晴らしい。二度目の謀反の報を受け織田信長が思い出として語る、松永久秀の生々しくも超然たる半生。
信長にとって憎みきれない、いや最もリスペクトしていた人間こそが久秀だったのかもしれない。慣習に捉われず自分の物差しで物事を判断し、不器用でも己の信じるものに従って生き、そして天下の名器「平蜘蛛」を抱いて華々しく散ったその姿は、天下統一の最後のピースを握って炎に消えた信長自身の死に際にも大きく影響を与えたのだと思う。
久永も信長も己の信念を後世に知らしめるべく、最も大事なものを抱きしめてこの世に別れを告げたのだ。
今村翔吾は間違いなく天下を獲る作家である。いまが旬の充実期でもっとも筆力が漲っている書き手である。どの作品で天下の頂点に立つのかというよりも、興味があるのは野望の矛先がこの先どこに向かうのかという点だ。
何れにしてもありきたりの作品は絶対に書かないであろう。どんな題材であっても既存の領域を踏み越えて、まったく新たな価値観を築き上げるに違いない。
これからも絶対に目が離せない。大いに期待しよう。