何もできない日の『雨のことば辞典』

文字数 2,663文字

人から教わった曲っていい!

Never young beachというバンドに「いつも雨」という曲があって、これは以前友人が教えてくれたのですが人から曲を教わるって良いです。


聴くとその人のことを思い出してしまって、懐かしく温かい気持ちが自然と湧き上がってきて。これは柔らかな調子の青春の歌で、少し切ないのだけれど聴いていると非常に心地よい気分になります。


あー、少しだけ気持ちが前向きになったな。実は今日、ほとんど何もしたくないというような気持ちで過ごしていました。


何にもできない日、体力、または気力が追いつかない日ってありますよね。あれってなんでしょう。そんな時でも一曲音楽を聴くように気軽に、別に物語でなくても本棚からさっと取り出してパラっとめくってクスッと笑ってまたしまっておけるような、ほんの少しで気分が転換できる本を持っていたら。


特に自分に価値が感じられない日、どーでも良い時間をたっぷり過ごしてしまった何も進まなかったような日には、せめてその気分を引きずったままでは眠りにつきたくないのです。

「何もしない自分」を責めるタイプのあなたに、この一冊!

 何もできなかった日、というのは突然にやってきます。


晴れていたら洗濯機を回すのだけれど雨が降っていて、カフェにも行けなくて、家でパソコンの前でじっとして、何も思いつかず(脚本の仕事もしています)、晴耕雨読だ、と読書して少しでもアイディアを進めたい、のだけれどいまいち物語にも集中できない。


食事の為に料理でもするかあと立ってみるけれど、昨日は夜ご飯を食べ過ぎた事を思い出して大量のキャベツを蒸してカレー粉をまぶしてカレー味の蒸しキャベツを食べてちょっと満足する。でもなんか口寂しい。


Youtubeもみんな頑張ってるから頑張れない自分に罪悪感があって見づらいかも。映画、Netflixや prime videoは何を観ようか選んでるだけで疲れちゃう。結局何も進んでいない。


相変わらず雨は降っている。少しだけ窓を開けて、雨の音に耳を傾けて、あぐらをかいてじっと、ぼーっと、ジャージャーしとしと音がするのを聴いているうちに心静かになって、一杯ビール飲んだら元気でるかなと缶を開けてみる。


するとちょっと気分が良いんだけれど眠くなっちゃって、このまま寝る?いや、寝たら本当に今日は終わりよ、King & Princeの新曲のMVダンスがカッコ良いらしいから少し見てみるか、普段ジャニーズ見ないのになんかそわそわしつつ見てみる(とてもカッコ良いダンスと歌でした)、いやこんな事している場合じゃないぞ、あー雨が降ってるなあみたいな日


ちなみに雨はわりと好きなのですけれど。けれど、いくら好きでも雨の日は「何もできない率」と「出不精率」が上がってしまうから。


そういう、ぼうっとした日はスマートフォンから手を離した方がきっと良いんです。そして物語じゃなくて、なんていうんだろう、もっと人のことも自分のことも考えなくて良い本が側にあれば。


これかと私は思いました。じゃじゃん、講談社学術文庫という哲学、文学、思想、歴史といった人文・社会科学系の学術書を扱うレーベルから出ている『雨のことば辞典』です。




 名前の通り雨に関する言葉の、辞書のようなものです。まえがきには「本書を「雨について考える辞書」として読んでいただければ幸いである」と書いてあって、言葉の意味の他に雨に関する豆知識のようなものやデータが記されています。


「ふぅ〜ん」と眺めている間に少しずつ、雨の世界に誘導されている自分がいました。辞典と名乗りつつ解説文にはさり気なく情感があって、ちょっと素敵。雨に関するぐっと引き込まれてしまうエピソードや引用文が想像以上に楽しい一冊なのです。

雨の多い国、雨に関する言葉が多い国。

 全部があいうえお順に並んでいます。それからことばの辞典に加え、雨に関することわざも掲載されています。あとがきには捕捉として文庫化後に新しく加わった雨用語など。


たとえばこんな言葉がありました。

「夜半の雨」の解説には夜が更けてから降る雨という意味のほかに「静かな雨音を聞いているうちに、昔のできごとがとりとめもなく思い出されてくることがある」と書かれていて、夜半の雨が出てくる短歌が掲載されています。夜半の雨音を聞きながらとりとめもなく昔のことを思いだす情緒までがこの本の守備範囲なのです。

「遣らずの雨」というのもありますよ。恋人や客を帰らせないように降るかと思われる雨、です。

それから「身を知る雨」はわが身の上を思い知らせるように降る雨。すごくドラマ性を感じるな。「天泣」は空に雲がまったく見えないのに降る雨。

「伊達こき雨」は天気雨を指す新潟地方のことばで、伊達は見栄を張る、意気を見せびらかすという意味ですからおしゃれな雨というのでしょう。

この世には「宇宙由来の雨」というのもあるみたいです。宇宙から飛来する雪玉が溶け、地球の雨にまじって地上に降ってくるものでNASAが観測したみたい。

「雨風食堂」は本物の雨に関する言葉ではなく、菓子も飯も食べさせ、酒も飲ませる食堂。甘辛食堂の転じた語か、と書いてあります。

あとは「あぶら雨」ですね。沖縄県波照間島に伝わる、大昔降ったという伝説の熱い雨らしいです。


あいうえお順に並んだ雨の世界に、どんどん心が奪われていきました。 

コロナも雨も、人を閉じ込める……そんな時、助けてくれる本がある。

日常生活は人間関係や迷宮入りする自身の人生への問い、お金の苦労にまみれていて(え、そんな大変?というツッコミもありますかね)そんな時間をどこかにえいやっと追いやってくれたのがこの『雨のことば辞典』でした。


「雨のことば」に身を委ねて、こっそり人が知らないようなことを身につけておく。そうした秘密めいた知識を持つことが、心の余裕に繋がったりして、なんてすっかり気分が良くなって、ちょっと仕事を進めるかと前を向けた雨の日なのでした。

『雨のことば辞典』倉嶋 厚/著 (講談社学術文庫)

木村美月(きむら・みつき)

1994年3月生まれ。劇団・阿佐ヶ谷スパイダース所属。俳優部。『MAKOTO』や『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡』などに出演。自身で脚本執筆や演劇プロデュースもしており、2019年の、ふたり芝居『まざまざと夢』では初脚本と主演を務めた。11月公演予定の阿佐ヶ谷スパイダースの新作にも出演予定。しっかり読書を始めたのは13歳。ラム肉と大根おろしが好き。

Twitter/@MiChan0315

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色