二月▲日

文字数 4,847文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

前回の日記はこちら

二月☆日

 小説家になっていなかったら何をしていましたか、というのはインタビューなどでよく尋ねられることなのだが、何をしていたものか全く見当も付かない。私は大学在学中にデビューし、就職活動をしないまま今に至るので、本当に職に就いていたかも定かではないのだ。私は作家になる人間はなるべくしてなる……みたいな話には懐疑的であり、才能は普通に埋もれるものだと思っているので、多分小説を書きながら適当に職に就いて辞めてを繰り返していたのではないだろうか


 そんなことをアレキサンドラ・アンドリューズ『匿名作家は二人もいらない』を読みながら考えた。この小説の主人公であるフローレンスは、作家になりたくてなりたくて仕方が無い女性で、もし自分の小説が出版されたら世界が変わるのに! と思っている。だが、無名のアマチュアである彼女を相手にしてくれる人間はいない。そんなある日、フローレンスは、顔出しをしないで活動しているベストセラー作家のモード・ディクソンのアシスタントとして雇われることになる……。


 一見するとあらすじを読んだだけで嫌な予感がする上に、ある程度予想がつきそうなサスペンスである。匿名作家と作家になりたい人間の組み合わせは古今東西火種にしかならない。だが、この小説は予想通りの方向に進むと見せかけて、意外な捻りと驚きの展開を入れてくるのだ。それを引き起こすのが、フローレンスの異常なまでの「小説家」への執念である。小説の冒頭から三分の一まで延々と描かれるのは、フローレンスの人生がどれだけ冴えなくて、何も上手くいかなくてどうしようもないかだ。読んでいて苦しくなるほど切実な日常は、共感性羞恥を引き起こすほどだ


 だが、彼女の中には信仰とも呼べる光がある。どれだけこの人生がどうしようもなくても、小説家としてデビューしすればどうにかなる! 彼女はそれ故に絶対に諦めず、こっちがまるで予想出来ない行動に出るのだ。正直なところ、このラストに辿り着くことは予想していなかった。古典的な導入からここに向かうのは、物語の力が強いと言わざるを得ない。まんまと一気に読まされてしまった。恐らく、キャラクターが魅力的ということなのだろう。ちなみにベストセラー作家であるモード・ディクソンの味わいもとてもいい。「なんだか大物っぽく見せているがよく見てみると薄っぺらい人間」として描かれている彼女を見ていると、自分はこうなっていないだろうか……? と恐ろしくなる。


 自分が小説家になっていなかったら、果たしてどうなっていただろうか。フローレンスのようになっていただろうか? いや、フローレンスのようにすらなれていなかったかもしれない。ここまでひたむきに狂気的には……と考えさせられる一冊だった。ちなみに、今考えると就職活動くらいはしておいた方がいいと思う



二月◎日

 「かなり面白い本なんですが、自分の身の回りでこれを喜びそうなの、斜線堂さんしか咄嗟に思いつかず」という触れ込みで薦められたエルヴェ・ル・テリエ『異常【アノマリー】』を読む。出来る限り情報を入れずに読んでほしい、と言われたので、カバー裏も帯も何も確認せずに読み始めた。そして、最後まで読み終えた時に薦められた理由と、言葉の意味が分かった。これは面白い。でも、これは一体……何だろう……?


 この読書体験を損なわないよう細心の注意を払って説明すると、とある飛行機に乗り合わせた人々が「異常」に見舞われる話である。乗客達に共通点は無い。殺し屋、ポップスター、売れない作家、軍人の妻、がんを告知された男など……。物語は彼らの人生が淡々と描写されるところから始まる。半分くらいまでが丁寧に彼らの人生を追うパートで、中盤で急に「異常」が襲う。この「異常」に対する反応を補強する為の前半のパートであり、彼らが物語世界の中で生きていることをまざまざと見せつける為の後半パートなのだな……と噛みしめた。


 だが、読み味が本当に何とも言えないのだ。読んでいる間ずっとぞわぞわしているのに、ぞわぞわの正体がよく分からない。面白くて仕方がないが、求めている読み味ではない。これは確かに人を選ぶ。表紙が何とも秀逸である。


 今までの読書日記でを読んで「斜線堂有紀と趣味が合うな」と思った方は、是非『異常【アノマリー】』に手を出してほしいと思う。読む人を絶対に選ぶ気がするけれど、本当に面白いのだ。今のところ、今年ベストの一作である。


 しばらく忘れられない本なのに、なんとなく部屋に置いておくのが躊躇われるのは何なのだろう



二月Δ日

 二月二十五日公開の映画『ナイル殺人事件』にコメントを寄せさせて頂いた。こちらは『オリエント急行の殺人』に続くポアロシリーズの実写映画化である。前作は超豪華に作られている傑作映画だったわけだが、今回の出来も頗る良い。『ナイル殺人事件』はポアロシリーズの中でもかなり正統派に作られている面白い一作なのだが、この映画を観て改めて「この小説って贅沢な作りをしているな」と思うようになった。ポアロと共に旅行を楽しみ、愛憎を楽しみ、更にミステリを楽しむ為の物語だ。当時のアガサ・クリスティーは需要をよく理解している。良ければ是非観に行って頂きたい。分かっていたはずのリネットの金持ち具合は、こうしてビジュアライズされると戦く。


 映画が好きでアガサ・クリスティーが好きなので、とても楽しいお仕事だった。こういった機会がまた頂けたらいいな、と願うばかりだ。


 ところで、二月二十五日はデビューから五周年の記念日だった。私がこうして作家を続けていられるのも、読んでくださる皆さんのお陰である。本当にありがとうございます、と噛みしめる日々だ。これからも頑張ります!



二月×日

 水声社から刊行されている「フィクションの楽しみ」シリーズが好きだ。私好みの翻訳作品がどんどん出て、どれも面白い。というわけでパーヴェル・ペッペルシテイン『地獄の裏切り者』を読む。赤子の眠りとも称されるシュールでコミカルな短篇ばかりが収録されているロシア・ポストモダン小説集である。表題作である『地獄の裏切り者』は「語り手の頭の中で上映された傑作映画」という回りくどい形式で書かれた小説だ。つまり『地獄の裏切り者』は作中作ならぬ作中映画作なのである。


 舞台となっているのは冷戦時代。アメリカの天才科学者・コインは、敵を攻撃するものの全く無痛で無害な兵器の開発に勤しんでいた。だが、コインの作成する兵器は無痛や無害のステージを越え、死にゆく人間に快楽を与える兵器の開発を経て、攻撃した人間の魂を「実際に存在する楽園」に送るという兵器を開発する。この兵器で攻撃された人間は、永遠の生命を持つ存在となり、何の苦しみも無い楽園へと移動出来るのだ。コイン博士の作った楽園には実験段階で既に人が送り込まれており、楽園に辿り着いた人間はその素晴らしさを交霊で語るのだ。だが、ここにおける兵器とは? これがもたらすものは一体?


 随所に皮肉交じりのユーモアが織り交ぜてあり、生と死が反転していく様はブラックユーモア的ながら面白い。敵を楽園に送りながら、自分達の死後は共産主義者のいない本物の天国に行けると信じる人々や、この兵器の開発が原因で新たなことわざが生まれる様など、一つの発見によって世界が書き換えられていくところは奇想SFの面白さだなあと思う。この短篇集では、脈絡無く始まった乱交パーティーの謎を追っていった結果、全く想像だにしないオチを迎える『オルギア』なども面白い。静かにシュールに進んでいく物語は、確かに赤子の見る夢に似ている。悪夢的だけど甘やかだ


 だが、丁度これを読んでいる最中にロシアによるウクライナ侵攻が起こってしまった。私は戦争が嫌いだ。戦争が起こっているまっただ中に傑作は書かれない。自分の頭の上に爆弾が降ってくる状態で楽しく小説が書けるものか。一刻も早くこのようなことが終わって、何の憂いもなくロシア文学やウクライナ文学が面白いと言える世の中になってほしいと思う。



三月/日

 極寒の城に暮らし始めて三ヶ月ほどが経過した。寒すぎて何をすることも出来ず、仕事のスピードが遅れ、体調まで崩した冬だった。冬というものが生き物にとってどれだけ恐ろしいものかを身を以て経験する機会はそうそう無い。眠る時には、森で越冬させられている獣たちのことを考えた。生きるか死ぬかの冬だ。


 だが、今日目が醒めたら、そこまで寒くなかった。いつもは暖房を効かせないとまともに動けもしないのに、全然動ける。もしかして……春が来ているのか? と思った。いつもはカレンダー上でしか認識していなかった春が、すぐそこまで来ているようだ。陽が出ている間は暖房を点けなくても大丈夫だということが、逆に訝しく感じられたほどだ。


 温かさに戸惑いながらジュリア・フィリップス『消失の惑星【ほし】』を読む。夏の暑い一日に、ロシア東部のカムチャツカ半島の街で、ゴロソフスカヤ姉妹が行方不明になった。一向に解決しない失踪事件は、やがてカムチャツカ半島の女達に漣のような影響を与えていく。


 最初に失踪事件──というより、読めばすぐに姉妹が誘拐されたことが分かるのだが──の顛末が語られた後は、彼女達とはまるで関係が無い女達の日常が描かれるという、不思議な構成の連作短篇集である。彼女らにとって、姉妹は他人でしかない。だが、彼女達が消えたという事実は、色々な形で日々に食い込んでくるのである。姉妹の消失は、ある時はただの噂のネタになり、女が外に出たらこうなるのだという戒めになり、別の失踪へと思いを馳せるきっかけとなったり、単純な恐怖の象徴、素人推理を巡らせる種など、語り手の立場によって昇華されていく


 この物語の中で、カムチャツカ半島は閉塞的な場所として描かれている。それはカムチャツカ半島が絶望的に交通アクセスの悪い土地だからだ。ここから出るには相当な苦労をしなければならない。大きな街は一つしかなく、多くは地域のコミュニティに雁字搦めになる。この瓶詰めにされた社会の中で、姉妹の失踪は投げ入れられた小石のように大きく響く。全然関係の無い人達の物語が緩やかに絡み合うのは、奇跡ではなくて必然だ。だが、私はこの閉塞的な中に投げ込まれた小石に関わる彼女達の人生を読んで、じんわりと涙が出た。なんだかよく分からないけれど、彼女らが日々を生きていることが愛おしくなる作品だった。物語が進むにつれ、カムチャツカ半島の季節は緩やかに一巡する。また夏が来るのだ。季節の移り変わりを感じながら読む小説として、こんなに相応しいものもないと思う。次の読書日記が更新される頃には、もう少しだけ温かくなってくれていることを願うばかりだ。



季節を感じる作品、と言われて思い浮かんだのが、歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』なのですが、むしろ「季節がタイトルに入っている作品」でした。ちょっと違う。


次回の更新は3月21日(月)17時です。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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