山崎の戦い完全ガイド②『戦百景 山崎の戦い』ブックレビュー

文字数 3,950文字

全国の合戦好きの皆様、歴史をもっと深く知りたい皆様。お待たせいたしました!

日本の歴史に残る有名な合戦を活写&深堀りして大好評の矢野隆さんの「戦百景」シリーズ

第6弾は、明智光秀と羽柴秀吉の天下を分けた一戦を描いた『戦百景 山崎の戦い』です!


「戦百景」シリーズ既刊

第1弾『戦百景 長篠の戦い』は「細谷正充賞」を受賞!

第2弾『戦百景 桶狭間の戦い』

第3弾『関ヶ原の戦い』

第4弾『川中島の戦い』

第5弾『本能寺の変』


最新刊の『戦百景 山崎の戦い』に、ブックジャーナリストのアルパカさんこと内田 剛さんが入魂のレビューをよせてくださいました! 

これから読む方にも、読んだ方にもおすすめの、物語をより楽しむための作品ガイドです!

『戦百景 山崎の戦い』 読みどころ/内田 剛



「戦百景 山崎の戦い」はシリーズ第六弾にあたる作品で、前作「本能寺の変」と地続きのストーリーである。関ヶ原、川中島、桶狭間ほど有名ではないが、本書を読めばなんと奥深い戦であったのかと再確認できるはずだ。本能寺の変による信長の非業の死。映画やドラマのラストシーンでも見事に絵になる。ひとつの時代の終焉のようなインパクトがあまりにも強すぎて、本来は一続きであるはずの時の流れが分断されてしまっているかのよう。本書はそんな止まってしまった時計の針を動かしてくれる貴重な一冊だ。


 決戦の舞台は山崎である。歴史にある程度詳しくても、どこにあるのか分かる人は少ないのではないだろうか。しかし天下を賭けた場所「天王山」ならば、誰もが聞いたことがあるだろう。摂津の国と山城の国の境に位置し、京への入口にあたる要衝で光秀軍1万余と秀吉軍4万が激突をした。勢いを失った烏合の衆と味方を増やしながら行軍してきた精鋭軍との対決は一方的だったが、光秀側にとっては武人としてのプライドを賭けた最後の戦でもあった。随所から死に場所を見定めるような悲壮感が漂っているが、猛将・斎藤利三の獅子奮迅の働きなど、鮮烈に火花が飛び散る合戦シーンが脳裏に焼きついて離れない。まさに映像を見るかのようなリアリティがあって読みどころのひとつだ。


 物語は「山崎の戦い」に登場する重要人物たち八人(黒田官兵衛、細川藤孝、福島正則、明智秀満、高山右近、斎藤利三、羽柴秀吉、明智光秀)が次々に登場。敵味方交互に語り手となって展開していく。ほぼ時系列に、そして真逆の視点で紡がれていくため、読み進めれば光と影の両方を体感でき、より立体的に合戦の真実に迫ることができる仕組みとなっている。まずは羽柴秀吉の軍師・黒田官兵衛の語りで始まる。毛利攻めの陣中にもたらされた「信長死す」の一報。自分を見出してくれた親のような存在である信長の死を受け入れられず激しく動揺する秀吉。子供のように取り乱すさまがあまりにも切実で身に迫る。かつて息子の命を助けてくれた恩義のある秀吉に対して冷静に「これは天下を獲るチャンスである」と示した官兵衛も、底なしの哀しみを怒りに変えて光秀を討つべく、疾風怒濤の勢いで奇跡的な「中国大返し」を実現した秀吉の決断もさすがである。秀吉と官兵衛の切り離せない情を礎とした信頼関係。そして喜怒哀楽の感情を分かりやすく全身に表して周囲の者たちを惹きつけた秀吉の比類なき人間性。それがこの戦さの勝敗を分かつ大きな要因となったと改めて知ることができた。


 一方、光秀側のトップバッターは親戚筋である細川藤孝だ。もともと光秀は藤孝の配下にあり、息子の忠興の正室(ガラシャ)は光秀の娘で、当然道義的にも真っ先に光秀に味方するであろうと思われた存在である。光秀に与すべしと強く進言する忠興。しかし藤孝は激しく懊悩する。最も近しいながらなぜ光秀は信長を討つという大事の前に相談しに来なかったのか。そして義理人情よりも「細川家」存続のためにどう行動すべきか熟考し、「信長の喪に服す」ことを理由に出家を決断する。かなり苦渋の結論だったはずだ。影響力のある人物の動向は、当然周囲への波及効果も高い。親戚筋である細川父子だけでなく寄騎であった中川清秀、高山右近、筒井順慶といった有力者たちも、光秀から離れていかざるを得ない状況であったことを本書は生々しく物語っている。


 万事において用意周到であった明智光秀の最大にして最悪のミステイクが信長を斃したあとのプランニングであったのだが、光秀自身が各方面に布石を敷く前に畿内へと舞い戻ってきた秀吉軍の神がかった行動力が、光秀の想像を遥かに凌駕していたことは間違いない。本文中でも語られているが側近にも本音を語らず、また笑顔をたたえていても内心がつかめない性格は秀吉とまったく正反対である。常に疑い深く閉ざされた心根も、生きるか死ぬかの瀬戸際で、仲間たちからの信頼を勝ち取れなかった理由のひとつかもしれない。


 さらには本能寺の変で信長の首をあげられなかったこともポイントだ。炎に包まれて遺体が見つからなかった事実は「あの信長が死ぬはずがない」「まだ生きている」という不気味な噂に信憑性を与えたのだろう。権謀術数に長けた秀吉がこうした今でいうフェイクニュースを巧みに活用し、日和見している武将たちを味方に引き込んでいった。決戦を前にした情報戦で、すでに雌雄は決していたという事実を知り大いに驚かされた。


 稀代の知将・明智光秀の最期はあまりにもあっけないものであった。しかしどんなに無様でも生き続けようともがき続けていたのだ。抗えない運命に翻弄され、謀反人の汚名をかぶった光秀の人間的な魅力が本書には活き活きと描かれている。偽らざる素顔がありのままに見えるのだ。責任感ゆえの孤独があれば、優しいがゆえの甘さもあった。あまりにも実直すぎる性格がもたらしたその悲劇を、心の底から愛さずにはいられない。


 走り出したら止まらない抜群の躍動感、そして戦場の空気や武士たちの息吹までも伝わる臨場感。まさに一気読み必至の人気シリーズ「戦百景」のこれまでを振り返るだけでも戦国史を俯瞰できて胸が高鳴る。

 戦国最強の騎馬軍団と膨大な鉄砲隊の激突を描いた第一弾「長篠の戦い」はこれまでの戦法の常識を覆したエポックメーキングでもあり、徳川・織田連合軍が武田軍を打ち破ったという結果もその後の天下の趨勢にも大きな影響を与えた重要な戦でもあった。

 第二弾「桶狭間の戦い」は奇襲によって今川義元の大軍を打ち破った「織田信長」の名をこの世に知らしめた合戦。信長人気も手伝って、もはや伝説となっている。

 そして第三弾は誰もが知る天下分け目の「関ヶ原の戦い」である。時代は一気に豊臣から徳川へと流れこむ。日本の合戦史上、最大のスケールであるばかりか、まさに分水嶺のような意味を持つ戦いだ。

 第四弾は武田信玄VS上杉謙信、戦国最強武将の対決で絶大な人気を誇る「川中島の戦い」。互いを認め合うライバル同士の一騎打ちなど見せ場も多く、戦国時代の象徴ともいえる戦いであろう。

 第五弾は「本能寺の変」だ。天下統一を目前にした信長が明智光秀の裏切によって斃される。たった一夜にして歴史が動いた衝撃的な事件であった。

 最新刊であるこの「山崎の戦い」もまた規格外の面白さ。群雄割拠の戦国時代をテーマにした小説群のなかでも、圧倒的な熱量と存在感は際立っており、自信を持ってお勧めできる一冊だ。

 戦国の息吹をリアルに伝えるこのシリーズをぜひまるごと体感してもらいたい。


内田 剛

ブックジャーナリスト。本屋大賞実行員会理事。約30年の書店勤務を経て、2020年よりフリーとなり文芸書を中心に各方面で読書普及活動を行なっている。これまでに書いたPOPは5000枚以上。全国学校図書館POPコンテストのアドバイザーとして学校や図書館でのワークショップも開催。著書に『POP王の本!』あり。


織田信長を斃した明智光秀と、中国大返しを果たした羽柴秀吉。

天下を賭けた二人の決戦の真相に、シリーズ史上最大の深掘りで迫る!

1582年(天正10年)6月2日、本能寺の変で織田信長が横死すると、収まりかけていた天下の趨勢が大きく動き始める。備中高松城で毛利方の城主・清水宗治を攻めていた羽柴秀吉は、軍師・黒田官兵衛の助言に従い毛利家と和睦。電光石火の早業で畿内に取って返した。世に言う「中国大返し」。他方、信長を斃した明智光秀は、頼みとしていた縁戚の細川藤孝・忠興父子や寄騎だった中川清秀、高山右近、筒井順慶らを味方に引き入れられず、劣勢のまま秀吉軍を迎え撃つことになった。信長三男・三七信孝と丹羽秀長を加えて4万に膨れ上がった秀吉軍に対し、武田元明、京極高次などわずかな加勢にとどまった明智軍は1万余。そして天下人を決めるであろう運命の6月13日、京への入り口にあたり隘路でもある山城国・山崎を決戦の地に選んだ光秀は、天王山を占拠していた秀吉軍とついに激突を……。

矢野隆(やの・たかし)

1976年福岡県生まれ。2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞。その後、『無頼無頼!』『兇』『勝負!』など、ニューウェーブ時代小説と呼ばれる作品を手がける。また、『戦国BASARA3 伊達政宗の章』『NARUTO-ナルト‐シカマル新伝』といった、ゲームやコミックのノベライズ作品も執筆して注目される。また2021年から始まった「戦百景」シリーズ(本書を含む)は、第4回細谷正充賞を受賞するなど高い評価を得ている。他の著書に『清正を破った男』『生きる故』『我が名は秀秋』『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』『大ぼら吹きの城』『朝嵐』『至誠の残滓』『源匣記 獲生伝』『とんちき 耕書堂青春譜』『さみだれ』『戦神の裔』『琉球建国記』などがある。

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