第64回

文字数 2,537文字

夏が来たといってもいいのではないか。


ひきこもり同士諸君は、梅雨でカビないよう除湿を使いこなそう。

文明の力で四季折々の快適な籠城ライフ!


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

そろそろ肛門日光浴詐欺だと思われている自覚はある。


だがそれ以前に「肛門日光浴」自体、書くことがなくなったライターがストゼロのいいちこ割を痛飲し、気づいたら机に覚えがない「肛門日光浴」とだけ書かれたメモが置かれていた、みたいな事象と思われている気がするが、そんなダイイングメッセージみたいな話ではない。


いくら書くことがなくなっても、こちらには「昨日見た夢の話」という切り札がまだ残っている。


そもそも「肛門日光浴」を知らない人などいないだろう。


このように「ツイッター上で話題だったことは、みんな知っている」という体で喋りはじめてしまうのも、ひきこもりが起こす弊害の一つである。


これだけ「スマホ中毒」などと騒いでいる割には、みんな言うほどネットを見ておらず「スマホばっかりいじっちゃて~」と言っている奴に「そういや昨日、ワニが死んだね」と言ったら、今までの人生で一番無垢な「きょとん」を返されてしまったりするのだ。


ワニの死については、家よりツイッターにいる時間の方が長い猛者でももう忘れているかもしれないが、全盛期でも、リアルでワニについて話題にしている人は見たことがない


「テレビはオワコン」と言われて久しいが、テレビオワコン説が唱えられているのも、当然主にネットである。

テレビを見ずにネットばかりやっている奴にとって、テレビがオワコンなのは当たり前である。


テレビを見ずにスマホを見ている人間が増えたのは事実である。

しかし情報発信に特化したテレビに対し、スマホの用途はそれだけではない。

私が1日68時間ツイッターをやっているように68時間ナンクロだけをやっている人だっているはずである。

点けさえすれば、好むと好まざるとにかかわらず情報が目や耳に入ってくるテレビと違い、スマホはナンクロを開いていればナンクロしか目に入らず「進次郎が温暖化を食い止めるため、今度は呼吸を禁止」というニュースが割り込んでくることはない。


つまり、人々はテレビを離れスマホを見るようになった=スマホで情報を得るようになった、ではなく「世の中の動向を何も知らねー奴がさらに増えた」という可能性がある。


それでも外部の人間と接する機会があれば、世間話や盗み聞きで「どうやら年号が令和になったらしい」ぐらいの情報を得ることはできる。

しかしひきこもりはそれがないので、本人に情報を得ようという意志がなければ、ネットが繋がっているはずなのに横井庄一状態になったり、知識が異常に偏ってしまっており、ますます外の人間とのコミュニケーションが困難になってしまったりする。


仮にネットで情報を積極的に集めていたとしても、本当に必要な情報というのはネットでは得られないことの方が多いのだ。


例えば、芸能人の不倫ニュースであれば、ツイッターやネットニュースを開けば嫌でも目に入る。しかし子ども会の霊魅愛ちゃんママと葡駆斗くんパパが不倫しているというニュースは、どれだけググっても「出るわけねえだろカス」なのだ。


どちらもどうでもいい情報には違いないが、実生活において必要なのは葡駆斗×霊魅愛情報だったりするのだ。


つまり、ネットでばかり情報を集める人間は、進次郎や百合子の同行にはやたら詳しいが、町内を牛耳っているボスママのお誕生会情報など、その場所で生き抜くために本当に必要な情報は得られていないため、結局実生活で支障が出てくるのだ。


何でも「ネットで調べれば良い」と思っている人間は、ある程度それでやり過ごせてしまうため「周りの人間に聞かなければわからない」という事態に異常に弱く、そもそも聞けるような相手がいなくなっていたりする。


ひきこもりにかかわらず、情報収集というのはネットに依存しずぎず、周囲のリアルボイスも大事にしなければならない。

しかし、何せひきこもりは外部の音を自らシャットアウトした場所にいるため、世界で起こった出来事は知っていても、半径200メートルのことは何もわからず、また周囲にもそんな人間が町内に存在することすら知られていなかったりする。

こうやって「事件や異臭が起ってから存在が明るみになる人」が誕生するのだ。


そういう人は「食べるものがなくなったらここに相談すればいい」という情報はネットで得ているのだが、実際出向いて「食べ物がなくなり、電気水道も止められた件についてだが」と直接聞くことができないのである。


世の中はどんどん「直接話す」ことを厭うようになり、食事や美容院、病院ですら「ネットで予約できなければ諦める」という人が増えてきている。

このままだと、家にチェーンソーを持った暴漢がいるが、ネット経由で警察が呼べないから諦める、という状態になるだろう。


確かに直接聞くよりネットで調べた方が早く、コミュニケーションもメールやLINE越しの方が面倒がない場合も多い。


しかし、質問はネットでしか出来ないし、ネットを介さないと人とコミュニケーションできないとなると、いざという時には困る。


だが、ヤフー知恵袋や発言小町に質問できる胆力があるなら、リアルの人間にお伺いをたてるなど取るに足らないはずである。

いきなり暴言を吐かれる率は、リアルよりネットの方が高いということを肝に銘じて、臆せず相談しよう。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は7月23日(金)です。
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