第165回直木賞候補決定!デビュー2作目、無名の新人が直木賞候補になるまで

文字数 1,298文字

作家を志し退職。そこから15年を経てのデビューだった。

刊行以来各紙誌の書評で絶賛され、第34回山本周五郎候補にもなった『高瀬庄左衛門御留書』が、このたび第165回直木賞候補に選ばれました。


本年度上半期、時代小説最大の注目作となった本作を、デビュー2作目の新人がいかにして作り上げたのか。苦節15年を経て小説家となった著者・砂原浩太朗さんと、理不尽のなかを生きる下級武士・高瀬庄左衛門。そこには、それぞれの人生の重なりがあるように思います。


砂原さんのデビューは2016年。短編「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞し、50歳を前にして作家人生をスタートさせました。


デビュー作『いのちがけ 加賀百万石の礎』は、前田利家に仕える村井長頼を主人公にした歴史小説で、戦国時代のダイナミズムの中に、端正な文章で綴られる一人の男の人生が滲みます。砂原さんの原点が感じられる作品ですが、残念ながら大きな話題は作れませんでした。


続いてどのような作品を書くか。そこで提案したのが、無名の人を描く時代小説でした。藤沢周平、山本周五郎、乙川優三郎、葉室麟――歴史や時代そのものではなく、そのなかに生きる名もなき人々を描き続けた先達たちを重ねていました。


歴史小説を書き続けるつもりだった砂原さんにとっては、予期せぬ提案だったことと思います。思いを定め、書き出し、第一話となる短編を小説現代に掲載し、長編として最後まで書き切るのに約1年。そこから本になるまでさらにもう1年がかかりました。


『高瀬庄左衛門御留書』には、多分に砂原さんの人生が投影されていると思います。会社員を辞め、フリーの仕事を続け、その間家庭を持ち、一方で作家になる夢をどこかで抱え続けて過ごした15年。


庄左衛門は、50手前にして妻を亡くし、また息子をも事故で失い、人生の黄昏を生きています。ただ諦念に呑まれることはなく、寄りそう義理の娘とその弟、そして新たな関係を築く若者たちへの厳しくも温かな眼差しと姿勢を失わず、彼らもそんな庄左衛門と距離を縮めていきます。若者たちの困難を背負うかたちで、藩の政争の渦中へ身を投じていきます。

作中、とても印象的な庄左衛門の言葉があります。


「選んだ以外の生き方があった、とは思わぬことだ」


恬淡と自らの人生を受け入れることで、新たな道が切り開かれていく。この言葉は、作家という新たな歩みを始めた砂原さんの、作家になるまでの15年が生んだものではないかと感じざるをえないのです。


庄左衛門が選んだ人生が物語の先にも続いていくように、著者の作家人生も続いていきます。そこに直木賞候補と刻まれたことで、さらに多くの読者が砂原浩太朗のことを知ることになる。それが楽しみでなりません

『高瀬庄左衛門御留書』砂原浩太朗/著(講談社)
砂原浩太朗(すなはら・こうたろう)

1969年生まれ。兵庫県出身。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社勤務を経て、フリーのライター・校正者となる。2016年、第2回「決戦!小説大賞」を受賞し、『いのちがけ 加賀百万石の礎』でデビュー。2作目の時代小説『高瀬庄左衛門御留書』が第165回直木賞候補となる。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色