書かせてもらえなかった「映画」の物語

文字数 1,485文字

 柄にもなくアニメに関するコラムをある隔月刊誌で連載していて、現時点で二十八回にもなります。ほかにもレビューなども書かせてもらって、とりわけ『ラブライブ!』特集の前文などは、生まれて初めて「読んで泣いた」という感想をもらったぐらいですが、そこでずっと考えてきたのは、なぜ映画館ではとうにシニア割引が適用される自分が、実写ではなくアニメを見たがるかということでした。
 その結論は、自分にとってアニメこそ「映画」であり、とりわけ同時代の実写邦画はそうは呼べないという事実です。たとえば私は、戦後まもなくの赤本漫画と言われた時代の手塚治虫作品が一番好きですが、そこには燃えるような「映画」へのあこがれと、それをわが手で再現できる喜びに満ちています。
 ここでいう「映画」とは、すみずみまで作りこまれた人工世界であり、衣装や道具の一つひとつまでが物珍しく面白く、悪党までもが愉快な側面を備えた登場人物たちによって、何ともワクワクする物語が展開されるものでなければなりません。
 あいにくそれらを、現実の日本映画に求めて得ることはできず、ためにそれを提供してくれる方に顔を向けてしまう――という理屈なのですが、そうした志向は明らかに私自身の小説創作にも深く根ざしている。しかもどうやら、私が作りたい映画とは「吹き替え洋画」であるらしいので、ますますややこしくなってくるわけです。
『おじさんのトランク 幻燈小劇場』の文庫版あとがきに書いたことですが、私は本格ミステリ以外のものはなるべく書かないつもりでいました。それは私の創作の方法論でもあり、このジャンルと無縁のところで仕事をするとろくなことにならないという体験にもとづく自衛策だったのですが、ミステリを通じて最も信頼関係を築いてきた編集氏の一人から強くすすめられては逃げるわけにいかず、それが『奇譚を売る店』『楽譜と旅する男』、そして今回文庫化された『おじさんのトランク』の三冊に結実したわけです。
 これらを書くに当たって、唯一つけられた注文は、私が偏愛しがちな「映画」をモチーフとしないこと。実は企画案の一つに『フヰルムと旅する男』というのあったぐらいで、いささか残念ではありましたが、結果的には的確なアドバイスだったといえるでしょう。というのも、できあがった物語たちは、私にとってかつてなく「映画」的なものとなったからです。
 最終的に幻想連作短編トリロジーとなったこのシリーズは、私にとって思いがけず自分自身を掘り起こす結果となり、それはことに最終作で顕著なものとなったのですが、同時に書かせてもらえなかった「映画」の夢を実現し、脳内フィルムに焼きつけることができたのはなおいっそうの驚きでした。
 読者のみなさんの心のスクリーンには、どんな「映画」が投影されるでしょうか。どうか存分に楽しんでいただけるよう願うばかりです。



芦辺拓(あしべ・たく)
1958年大阪生まれ。同志社大学法学部卒。’86年「異類五種」で第2回幻想文学新人賞佳作入選。’90年『殺人喜劇の13人』で第1回鮎川哲也賞を受賞。2018年『奇譚を売る店』で第14回酒飲み書店員大賞を、’22年『大鞠家殺人事件』で第75回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)、第22回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞。近著に『名探偵は誰だ』などがある。

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