二月☆日

文字数 2,817文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

前回の日記はこちら

二月☆日

 冬は密室の季節である。外気温を使ったトリックが用いることが出来るので、密室を作りやすい気がしているのだ。それに、雪を降らせれば雪密室(出入りすれば足跡がついてしまうので、新雪の野が密室を作ってくれるというやつ)も作れてしまう。冬は密室の旬なのだ。


 というわけで最初から最後まで密室づくしであるという鴨崎暖炉「密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック」を読む。本作は第20回「このミステリーがすごい! 大賞」文庫グランプリミステリは突飛な設定があればあるほど面白いと思っている性質なので、本作で〝現場の密室状況が証明され、それが破られなかった場合は容疑者は無罪放免〟という判例が出来た結果、人を殺す際に密室を作るのがトレンドになった。世はまさに密室黄金時代……という設定だけで「それはもう受賞するだろうな……」と思ってしまった


 舞台は著名なミステリー作家が遺したホテル「雪白館」。そこで起きるのは怒濤のような密室殺人。密室状態の部屋の中で蓋を締められた瓶に入った鍵が見つかる『瓶詰めの密室』や、扉を開け閉めすればドミノが倒れてしまう『ドミノの密室』など、面白すぎる密室が目白押し。密室の面白さは事前の不可能性に比例するので、この作品の密室はどれも百二十点なのである。これは無理だろ……が、これで出来るのか! に変わる瞬間のカタルシスがたまらない。この感動は、物理の北山──北山猛邦作品を読んだ時の感動と同じものだと思う。(系統としては音野順シリーズ「踊るジョーカー」「密室から黒猫を取り出す方法」のようなガッチガチの奇想物理トリックで、脳が大喜びをする)


 流れに乗って方丈貴恵「名探偵に甘美なる死を」を読む。デビュー作から面白い特殊設定ミステリを世に送り出し続けている方丈先生の最新作である。今回の舞台はVR空間。このVR空間でしか成立しない特殊状況と、謎のゲーム開発者に仕掛けられたデスゲームのルールを二重に利用して起こる犯行が面白い。特殊設定ミステリはその構造上、詰めていけば詰めていくほどゲームに似ていくと思っているのだが、この作品は特殊設定ミステリを極めた末にあるものなんじゃないかと思った。


 方丈作品の面白いところは伏線が緻密かつフェアに語られているところで、前半の何気ない描写すら疑ってかかれるのがいい。これが書いてあるということは、この部分を使うのだろうなというのが予想は出来るのだが、そう使うのか……と想像の斜め上の使い方をされるのがお決まりである。この一枚上手感よ。


 デスゲームの設定上、本作では犯人とVRゲームでの殺人の『実行者』、そして参加者の中に紛れ込む犯人の『協力者』など、様々な登場人物の思惑が交錯する。これだけ複雑な物語なのに、すっきりかつ豪快な物理トリックと、要点を絞った推理合戦でスムーズに読めるのが素晴らしい。そして最後に明かされるとある事実は、竜泉家シリーズを追ってきた人間の心を打つエモーショナルな結末を導き出す。これはどうしても心にくる……。


 二月、都内にも雪が降った。結局まともには積もらず、窓の外を白い粒が舞うだけになってしまった。密室には向かない雪である。けれど、それでも綺麗なものは綺麗だ


二月×日

 高校生の頃から手帳に日記やら読書記録やら、その日書いた文字数などを残しているのだが、部屋の片付けをしている時にうっかりそれを読み耽ってしまった。記憶力が悪い方であるという自負があるので、忘れたくないが故に頑張っていたんだよな……というのが感じられるのは微笑ましい。だが、恐ろしいことに数年前の日記を読んだところで、出来事を正確に思い出せるわけではなかった。この人にはこういうことがあったのだな……の距離感で読んでしまう。こうなってくると、一体日記とは何の為にあるのだろう……と思ってしまわなくもない


 その中で、過去の自分がエベリオ・ロセーロの「無慈悲な昼食」を絶賛していた。過去の出来事は思い出せないのに、その書名を見て「ああ~面白かったな」と、すんなり思い出すことが出来た。


 「無慈悲な昼食」は、コロンビアの教会を描いた物語だ。教会主は〝慈悲の昼食〟と呼ばれる、貧しい人達への炊き出しを行い尊敬を集めているが、その〝慈悲の昼食〟を成立させる為に、教会で働く人々は疲弊しきってしまっている。この教会主は、表向きには慈善事業に精を出しているように見えるが、実際は虚栄心が強く利己的な人間である。金を着服しまくり、女に無理矢理身体の関係を求めたりとやりたい放題。


 そんなある日、この教会に神父のマターモロスがやってくる。ボロボロの眼鏡を掛け、いつも酔っ払っている駄目神父なのだが、稀代の美声を持つ彼の存在が教会を変えていくのだ。教会と音楽の相性はこの上なく良いと「天使にラブ・ソングを…」も教えてくれているわけだが、本作での音楽の力は更に強い。閉塞し、行き場のない怒りや煩悶を一箇所に向かわせ、教会そのものを変える力を持っているのが、マターモロスが復活させた歌ミサなのである。コロンビアという国で起きた悲喜劇を、音楽とユーモアによって彩るこの本は、確かに昔の自分が──そして今の自分が好きになりそうな小説だな、と思った。(教会主の悪口を直接言ったら問題になるため、猫に教会主と同じ名前をつけて猫を叱ることで鬱憤を晴らすところなど、たまらない可笑しさがある)


 このオールナイト読書日記も半ば自分の為の備忘録の部分があり、四月の頃の記事を読むと面白いな、こんな本を読んでいたなと楽しい気持ちになる。この読書日記を読んでいる方が私の紹介した本を読んでくれたら、過去の読書日記を読み返した時に同じ思い出を共有出来るようになるのかもしれない、と思う


「遠い過去と遠い未来をつなげるために そのためにオレはいるんだ」という名台詞が『ヒカルの碁』(ほったゆみ・小畑健)にあります。

読書もまた、そうなのかもしれません。


次回の更新は3月7日(月)17時です。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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