自画像を修正

文字数 1,086文字

 自分のことを知り尽くしている、とは言わないが、半世紀以上も生きていると、心の中の自画像はほぼ完成し、新たに筆を入れることはめったになくなる。しかしつい先日、その必要性が生じた。きっかけをくれたのは、『トップガン マーヴェリック』だ。
 私は映画でも小説でもバッドエンドを好む。後味さえ悪ければ多少の瑕疵があっても高評価を与えてしまう。ハッピーエンドが嫌いなわけではないが、作者の思惑どおりにハッピーにはならない。むしろ感情移入を求められる作品ほど気持ちが離れる。そんな歪んだ性格なので、どうしてもハリウッド映画、ことにヒット作とは相性が悪い。三十六年前に前作『トップガン』を見たときも、陳腐なストーリーとお定まりの結末に鼻白み、凡作と斬り捨てた。今に至るまでその評価は変わっていない。だから『マーヴェリック』もスルーするつもりでいたのだが、似た趣味の友人に、騙されたと思って見てみろと強く勧められ、彼がそこまで言うならと劇場に足を運んだ。とはいえ、パート2はパート1に劣るとも勝らない、というのは映画好きなら常識である。ましてや、あの『トップガン』の続編となれば推して知るべしだ。しかしその予想はいい意味で裏切られた。オープニングで『デンジャー・ゾーン』が聞こえてきたとたん全身がゾワゾワし始め、以後エンドロールが流れるまで、私の心は完全にトム・クルーズと一つだった。のめり込むあまり、最後の空中戦のシーンでは、トムにかかるGを実際に感じて気分が悪くなったほどだ。
 恥ずかしながら五十代半ばにして王道娯楽作品を素直に楽しむ喜びを知った。と同時に、なぜ私の小説が広く世に受け入れられないのかも思い知らされた。そんな折りも折り、拙著『腸詰小僧』が文庫になった。収録作七編は、いずれも後味爽快とは言い難い。もっと早く『マーヴェリック』に出会っていれば、と悔やむ今日この頃である。



曽根圭介(そね・けいすけ)
1967年静岡県生まれ。早稲田大学商学部中退。2007年、「鼻」で第14回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。同年、『沈底魚』で第53回江戸川乱歩賞を受賞し、ダブル受賞を果たす。’09年、「熱帯夜」で第62回日本推理作家協会賞を受賞。著書に『本ボシ』『藁にもすがる獣たち』『TATSUMAKI 特命捜査対策室7係』『暗殺競売』『黒い波紋』『工作名カサンドラ』などがある。

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