ロダーリ『緑の髪のパオリーノ』刊行記念 内田洋子(翻訳)×飯田陽子(編集)対談

文字数 4,890文字

シュールでポップ! イタリアの国民的児童文学作家・ロダーリの『緑の髪のパオリーノ』刊行を記念して、翻訳を担当された内田洋子さん、編集担当の飯田陽子さんのお二人に、刊行のいきさつ、そしてロダーリの世界の魅力について、熱く語っていただきました!

◆ロダーリ生誕100周年の年に


内田 今回『緑の髪のパオリーノ』の翻訳を担当させていただきました。そもそも、『パオリーノ』の前に刊行された『パパの電話を待ちながら』(単行本:2009年4月刊行、文庫2014年2月刊行)でも翻訳も担当しておりまして。飯田さんと一緒に頑張りました!


飯田 その節はお世話になりました。楽しかったですね!


内田 あまりに楽しかったので、「あの楽しい体験をもう一度」とずっと思い続けていましたら、想いはいつか届くもので、講談社からロダーリ生誕100周年に合わせて、しかも彼の誕生した秋に合わせて本を刊行しようというお話をいただきまして。めでたく『緑の髪のパオリーノ』初の日本語版の刊行となりました。100歳のお誕生日おめでとう、ロダーリさん、ということですね。


飯田 ロダーリへのお誕生日プレゼントですね! 


内田 ところで飯田さんとロダーリとの出会いはいつ頃、どのようにしてだったんでしょうか?


飯田 出会いは3歳の頃ですね。当時父が勤めていた会社で『パパの電話を待ちながら』の翻訳本を出版したので、父が家に持って帰ってきたんです。それを最初は母に読み聞かせしてもらっていたんですが、とにかくもう大好きで。本棚って、その人の成長に合わせて並んでいる本が変わっていくものですが、ロダーリだけはどうしても手元に置いておきたくて、大人になってもまだ本棚にあった……そういう本だったんです。


内田 ところがいつの間にか絶版になっていたんですよね。


飯田 そうなんです。大学を卒業するにあたって自分が何をやりたいのか考えた時に、「ああ、あの本を出したいな」と思ったんです。そこで編集者になって、児童書を出している出版社をいくつかまわったんですが、どうにも反応が悪い。「面白いけど、これ子供の本としてはどうなの?」みたいな感じで。それでしばらくは仕舞い込んでいたんです。そしてある時ふと思い立って、当時仕事をしていた講談社の上司に「大人の本として出してみてはどうでしょう?」と提案してみたんですね。そうしたら「面白いのでは?」と言っていただけて、話がどんどん進んでいって、内田さんを紹介していただきました。


内田 私はイタリアに住み、日本のメディア向けにニュース等を配信する通信社を経営しているので、イタリアの版元との交渉をお願いしたい、ということでした。それまでは講談社だと「フライデー」とか雑誌系ならお付き合があったんですが、そこへ急にロダーリの話が来たのでびっくりしたんです。

◆イタリアの国民的絵本『パパの電話を待ちながら』


飯田 ロダーリはイタリアではとても有名ですものね。


内田 はい、とても人気がありますね。この『パパの電話を待ちながら』というのは、イタリアでは子供が生まれるとまず最初にプレゼントする本なんです。それくらい国民的人気作家で親しまれているんです。まだ文字が読めない年齢の頃には親が読み聞かせ、自分で本が読めるようになると自分で読み、また最初に図書館で借りる本もこの本という……。


飯田 まさに私と同じ道ですね。


内田 その『パパ電』を日本で最初に翻訳出版した会社に勤める方のお嬢さんが『パパ電』で育ち、大人になって絶版になっている本をなんとか復刻したいと編集者になった──。なんともすてきな物語ですよね。これは絶対なんとかしないといけない、と頑張って、幸いなことに権利が獲得できました。


飯田 話がトントンと進んで行って……。素晴らしかったですね。


内田 飯田さんのお父様がどこかで応援してくださっているんじゃないかと思いました。嬉しかったですね。そして私も翻訳者のはしくれとして、『パパ電』翻訳者に立候補してよろしいでしょうか、と言ってみたら……。


飯田 これはもうお任せしたほうがいい、とお願いすることになりました(笑)。


内田 『パパの電話を待ちながら』は、お父さんが出張で各地をまわりながら、公衆電話から子供に電話をして、ワンコイン分の時間だけお話を聞かせる……という設定。だから一つ一つのお話がワンコイン分、お父さんにちょっと余裕があるときは2コイン分と短かくて、お話の中にお話が入っている、という入れ子構造です。しかも聞かせる相手は小さな子供なので、電話口で聞いて一度で全体が理解できるようにできているんですね。


飯田 本当に面白いですよね。ただ、日本語とイタリア語の違いの関係で、残念ですがどうしても訳が難しく、外さなければならないお話もありました。


内田 そうですね。イタリア語ならではの言葉遊びなど、難しかったです。イタリア語を学んでいる方には是非イタリア語で読んでいただきたいですね。


飯田 登場人物の名前も私が子供の時に読んだ翻訳本では、そのままのカタカナ表記でした。でもその名前にも意味がある、ということで、内田さんが訳してくださったのは本当に面白かったですね。たとえばカスケリーナ、という名前は「カスカータ(滝)」と結びついて、「落ちてくる」という意味があるとわかる。なので「コロリーナ」と訳したり。

◆ロダーリは子どもに大人気!


内田 ロダーリさんの紹介を少ししましょうか。ジャンニ・ロダーリはイタリア人。北イタリアの出身です。その町には工場があったので、仕事を求めて他の地域から人が集まってくるし、また少し北にいけばオーストリアやスイスに通じているので、その町を経由して人々の往来がある。つまり、いろんな新しいことが入ってくる土地柄だったんですね。ロダーリは父親を早くに亡くし、母親が大変な苦労をして3人の子どもを育てたんです。彼は苦しい家計を助けるためにも早くから働きだして、まずは国語の先生になるんですが、遊びを取り入れた実験的な授業をして、たいそう評判になったそうです。


飯田 「言葉遊び」を教育に取り入れたというのは、彼ならではで面白いですよね。ロダーリは、児童文学作家の前に優れた教育者でもあった。


内田 常に子どもの可能性を重んじたやり方で、子どもたちから絶大な人気があったと言いいいます。その後、新聞記者として働くようになり、追って児童書も書くようになった。


飯田 とてもやさしい、小さい子どもにもわかる言葉を使って物語を紡いでいますよね。


内田 イタリア語は文法がとてもややこしいのですが、6歳児程度の語彙で読めるやさしい言葉で物語を書いていて、それを読むと地理のことや世間のこと、戦争のことなどわかるようになっている。知識が得られるんです。かといって、堅苦しさは全くないので、子どもたちは大喜び。ロダーリの語る物語が聞きたくてたまらなくて、ロダーリの行くところ行くところに子供たちがわーっと集まってくる。


飯田 彼は平和に対しても非常に強いメッセージを込めていますね。また公平であること、平等であることにもこだわって、物語を通して教えていっています。子供が読んでもわかるし、大人が読むともっと深みを持って迫ってくる。

写真資料協力: 100giannirodari.com  

           Edizioni EL

◆『緑の髪のパオリーノ』


内田 そういったことを踏まえた上で、『緑の髪のパオリーノ』なんですが……


飯田 ロダーリらしい面白味、温かさにあふれていて素晴らしい作品です。こちらも一つ一つのお話は短かくて、見開きや、1ページだけで終わってしまう話もあります。1日1本ずつとか、そういった読み方ができるのでいいですね。ずっと追っていかないといけない長編は、子どもにはちょっと手が出にくいので。


内田 そして、子どもには少々重いテーマも描かれていますね。──私はちょうど日本でコロナ渦の外出制限中にこの本の翻訳の推敲をしていたんですが、その時に思ったのは、疫病の怖さというのは、体が病気にかかるということだけでなく、人の心も侵されてしまうということでした。心の弱っている人は、心がくじけやすくなってしまうし、自分より弱いもの──動物とか植物など──を虐めたりして自分を守ろうとしたりする。そういうことに警告を発するようなことがこの本の中に書いてあるんですね。ただ、道徳の本ではないから、「そういうことをしてはいけない」とはどこにも書いてない。でも、読めばわかる。


飯田 読めば、子どもでもわかる。大人ならなおさらのこと、よくわかる。まさに大人にも読んでほしい児童書ですね。


内田 そしてネットもいいけれど、ぜひ紙の本を読むことの素晴らしさも知ってほしいですね。「手でページをめくる」ことの素晴らしさ。めくったその先にある物語、絵、残りの文字数。そんなことを見ながら、感じながら読んでほしいです。


飯田 そうそう、『緑の髪のパオリーノ』のカバー装画なんですが……なんと文庫の『パパ電』に続いて、大人気作家の荒井良二さんです! とてもお忙しい方なのでダメもとでお願いをしてみたら、二つ返事でいいですよ、と受けてくださって。ぜひこの素敵なカバーを手に取って見ていただきたいですね。


内田 それから生誕100周年を記念して、イタリア政府が主催で世界中のロダーリ絵本のカバーを集めて見せる、ということも企画しているようです。この荒井さんのカバーも入るかもしれません。素晴らしいです! 


飯田 そしてもうすぐクリスマス。温かい物語に、この素敵な荒井良二さんの挿画のカバー、そしてなんと荒井さんがこのために描きおろしたイラストの特製カードがもれなくついてくるという、クリスマスにぴったりの本なんです。どうぞよろしくお願いいたします! 


内田 飯田 ロダーリさん、お誕生日おめでとう!



 2020年10月9日講談社にて

ロングセラー『パパの電話を待ちながら』に続く、イタリアの巨匠ロダーリからの贈り物。畑で働くピエトロの家に緑色の髪の赤ん坊が生まれてびっくり。見に来た女の人たちはその子を「サラダのパオリーノ」と言い出して……。表題につながる作品ほか「小さい電車」「ネコ星」など、不思議で温かい珠玉の短編集!

写真資料協力: 100giannirodari.com  

           Edizioni EL

PROFILE

《著者》ジャンニ・ロダーリ

1920年生まれ、1980年没。イタリアの作家、詩人、シュールレアリスト、教育者。1970年、国際アンデルセン賞を受賞した。20世紀イタリアで最も重要な児童文学者、国民的作家とみなされている 。『チポリーノの冒険』(岩波書店)、『うそつき国のジェルソミーノ』(筑摩書房)、『二度生きたランベルト』(平凡社)、『猫とともに去りぬ』(光文社)、『パパの電話を待ちながら』(講談社)などの作品がある。

PROFILE

《翻訳者》内田洋子

1959年神戸市生まれ。東京外国語大学イタリア語学科卒業。通信社、株式会社ウーノアソシエイツ代表。2011年『ジーノの家 イタリア10景』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞と講談社エッセイ賞を同時受賞。また2019年日伊両国に関する報道の業績を評価され「ウンベルト・アニェッリ記念 ジャーナリスト賞」、2020年イタリア版の本屋大賞・第68回露天商賞(Premio Bancarella)の授賞式にて、「金の籠賞(GERLA D'ORO)」を受賞。近著に『サルデーニャの蜜蜂』(小学館)がある。

PROFILE

飯田陽子

1964年東京生まれ。津田塾大学国際関係学科卒業。育児雑誌編集を経て、児童書、文芸書の編集者として活動。2009年、ジャンニ・ロダーリ『パパの電話を待ちながら』(講談社)の企画編集。

ロダーリ100周年サイト(イタリア語・英語)


イタリア文化会館ブログ https://www.iictokyo.com/blog/?p=12459

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