『旅する練習』文庫化によせて

文字数 2,006文字

三島由紀夫賞、坪田譲治文学賞をダブル受賞第164回芥川賞候補の傑作ロード・ノベル旅する練習』(乗代雄介・著)が文庫化!

文庫化に際し、単行本刊行時の講談社販売担当が当時を振り返り、熱い想いそして販売裏話を語ってくれました!

『旅する練習』は 


何度読んでも、泣いてしまう本です。


単行本が発売されたのは2021年1月。コロナ禍、ステイホームで三密回避……どこかへ行くことが憚られるような日々でした。


この小説は、サッカー少女と小説家の叔父が、我孫子から利根川沿いを歩き鹿嶋を目指す物語です。当時、家と会社をひたすら往復し遠出に飢えていた私は、読みはじめてすぐ「なんだか景色が……リアルに浮かぶぞ?」――久しぶりの旅気分、大興奮。すぐ虜になりました。


ページをめくるうちに、登場するキャラクターたちにも魅かれていきました。

物知りの人と一緒に旅をするとただの景色がとつぜん面白く思えた瞬間、ないですか? 小説家の叔父はまさしくそんな人。博学多識で、街の歴史や植物の名前、鳥の生態、サッカー(鹿島アントラーズ)。旅先を彩る知識を授けてくれます。

「サッカーがうまくなりたい」。まっすぐな思いを持つ小学生の亜美には、ぎくりとさせられました。私は当時入社3年目。仕事を頑張りたいと思いつつもなかなかうまくいかず、まあ適度な感じでやり過ごせばいいかと諦めかけていたのです。亜美は、サッカー上達のために、毎日シューズを磨いて大切にするようになります。私は雑な性格で、コンタクトの保存が面倒でそのまま寝るしアイロンをかけないので仕事着もくしゃくしゃ。色々ぐちゃぐちゃだったから、さらにどきり。

まぶしいし、なんかかっこいいなあ……わけもわからず涙が。「私はサッカーを頑張る!あなたはどうする?」と語りかけられたような気がしました。


この小説、すごく好き。


「あなたはどうする?」今、私にできることは……

販売担当として、『旅する練習』をめちゃくちゃ売ろうと思いました。

亜美のように好きなことを見つけて、真っすぐ向き合ってみる。自分が面白いと思った物語を、大勢に薦めるのは少しこわくてドキドキしますが、この感動に責任を持ちたい。

幸いにも読んだ書店員さんからは絶賛の声が多く届き、背中を押してもらいました。ここからどうしたら熱が拡がるのか……知恵を絞りました。千葉・茨城の書店向けに地元限定帯を作ったり、書店員さんに手作りPOPやリーフレットを描いてもらったり。そのリーフレットは全国の書店のほか、物語の舞台となった我孫子、鹿嶋両市役所にも電話して置かせてもらいました。もはや「布教」です。出版関係者だけでなく色々な人にアプローチし、臆せずなんでもやってみようと思っていました。チャレンジを応援してくれた上司には、今でもとても感謝しています。


そして半年。

書店員。社内の他部署。社員のお母さん。我孫子市役所。鹿嶋市役所。我孫子市内の小学生と校長先生……

私宛に感想を寄せてくれた方々です。普段本に関わる仕事をしている人から、そうではない人まで。その人たちがまた周りに薦めてくれる。感動の輪がゆっくりと広がっていくように感じました。単行本『旅する練習』は版を重ねて最終的に8刷に! 第34回三島由紀夫賞も受賞し、ここからさらに、というところで私は他部署への異動が決まりました。


当時は悔しい思いをしましたが、今回の文庫化にあたり販売担当の後輩が「大好きな本。売りたい」と情熱溢れる営業していることを知り、この本の力はすごい。つながっているな、ととても嬉しかったです。


この機会に改めて読み返すと、どこにも行けず不自由だったコロナ禍の記憶を思い出しました。そして色々できずにぐちゃぐちゃだった幼い自分のことを。今、始業前には仕事道具をきれいに拭き、仕事着にブラシをかけるようにしています(コンタクトは…やっぱりつけたまま寝がちなのですぐ捨てられるワンデイに変えました(笑))。努力することも、整えることもままならない3年前に比べたら、自分なりに少しは成長しているのかも。好きなことを見つけて、すべてを大事にする。練習の旅は続くようです。

そして、やっぱりびっくりするくらい面白くて元気がもらえる物語でした。3年でいろんなことが起きて、私の中でたくさんの価値観が揺さぶられたけど、この本は変わらずずっと面白かった。少しほっとしました。そうしたら、また泣いてしまいました。

間 陽

2018年講談社入社。第五事業販売部にて『旅する練習』単行本の販売担当、現在女性コミック編集部勤務。

第34回三島由紀夫賞、第37回坪田譲治文学賞、ダブル受賞!

第164回芥川賞候補作

中学入学を前にしたサッカー少女と、小説家の叔父。
コロナ禍で予定がなくなった春休み、ふたりは利根川沿いに、徒歩で千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅に出る。
歩く、書く、蹴る――ロード・ノベルの傑作!

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色