今までの梅安、これからの梅安/京極夏彦×貫井徳郎

文字数 6,483文字

2023年は池波正太郎生誕百年。2月3日から映画『仕掛人・藤枝梅安』が公開されます!

そこで、「仕掛人・藤枝梅安」シリーズの大ファンで、原作はもちろん、数々の映像化作品にも精通するいわば梅安博士の京極夏彦氏と貫井徳郎氏に、これまでの梅安から最新映画の魅力までをたっぷり語っていただきました!


写真:森 清

初出:「小説現代 2023年1・2月合併号」

人間関係で見せる池波作品


──原作である「仕掛人・藤枝梅安」シリーズを初めてお読みになられたのはいつでしょうか。


貫井徳郎(以下、貫井) 僕は初読が二十歳過ぎと少し遅いんです。必殺シリーズのドラマはリアルタイムで観ていたのですが、ドラマと原作がずいぶん違うことも聞いていたので、なかなか食指が動かなかったです。特に十代のころはミステリに傾倒していましたし。


京極夏彦(以下、京極) 僕はどうだろう。テレビドラマの『必殺仕掛人』が始まったのが小学校四年の頃で、それは最初から観ていたんですが、シリーズ第一巻『殺しの四人』を初めて読んだのは、小学校高学年くらいですかね。


貫井 小学生から読んでいたのですか!? まだ連載中ですよね。


京極 そうですね。新刊が出るのを楽しみに待っていました。池波先生の文章は舞台にもお詳しいこともあってか、ト書きのような簡明さがあったので小学生にもとても読みやすかったです。


──池波作品のどういったところに惹かれましたか?


京極 人物の葛藤や喜怒哀楽など、心象表現を地の文で長々と説明せず、言動と関係性の中で見せてくるところですね。余計なことが書かれていないので、自分の中で勝手に肉付けできるんです。鬼平や梅安など後世に残るキャラクターも生み出されていますが、作中で彼らを絶対的なヒーローとして描いているわけではない。人間関係をメインに物語が動くのも池波作品の大きな特徴だと思います。


貫井 正義のヒーローを書かないのと同様に、悪の権化のような人物もあまり書かないですよね。主人公にも悪い面があるし、悪役にも同情できるところがある。それと僕は東京の神社仏閣巡りが趣味なので、知っている場所が作品に出てくるのも楽しいです。今回再読して、『ああ、あそこか』と思うシーンが多かったです。昔の江戸の風景がわかるのが、池波作品の魅力ですね。


京極 そうですね。あとは、原作に出てくる料理。東京に出てきたころ、友人と梅安の好物である大根鍋を再現したのも思い出ですね。


貫井 やっぱりおいしかったですか?


京極 小説に負けないくらい、おいしかったですねえ(笑)。

さまざまな梅安


──梅安の映像化作品はたくさんあると伺っておりまして、まず時系列順で網羅的に教えていただければと思います。


京極 緒形拳さんがファースト梅安ですね。必殺シリーズが生まれるきっかけとなった連続ドラマ『必殺仕掛人』。その終了を受けて、同じ制作会社である松竹が劇場用映画を三作作りました。


貫井 『必殺仕掛人』『必殺仕掛人 梅安蟻地獄』『必殺仕掛人 春雪仕掛針』ですね。


京極 そのあと、萬屋錦之介さんが梅安を演じた東映映画『仕掛人梅安』があります。


貫井 この映画は、彦次郎役を萬屋さんの実弟である中村嘉葎雄さんが演じていて、そっくりすぎて色々と混乱する映画です(笑)。


京極 次に来るのが、小林桂樹さんが梅安を演じたフジテレビの時代劇スペシャル『仕掛人・藤枝梅安』。二時間枠の単発シリーズですね。これは東宝。


貫井 なぜかこの作品の記憶があまりないなあ。


──ここまででもたくさんありますが、まだあるんでしょうか。


京極 もちろんです。久しぶりの連続ドラマとなった『仕掛人 藤枝梅安』は、なんと渡辺謙さんが主演でした。レギュラー放映の前後にスペシャル二本も作られてますね。


貫井 この梅安は本当に素晴らしかった。


京極 そして、再び時間を置いて土曜プレミアム岸谷五朗版の『仕掛人 藤枝梅安』を挟み、今回の映画という流れですね。


──お二人の愛が深い『必殺仕掛人』のドラマの思い出も聞かせてください。


京極 刀を使わない殺陣というのは画期的だったですね。それに合わせるべく工夫されていく特殊なSE(効果音)が素晴らしい。


貫井 緒形さん演じる梅安がなんといっても強烈なキャラで印象に残っています。


京極 普段は軽薄な感じさえする明るい男が、いざ仕掛の場面となるとシビアになる。池波作品で描かれる人間の二面性を、よりわかりやすく誇張した形になっているんですね。梅安が繰り返し映像化されるのは原作が魅力あるコンテンツだからこそなんですが、その人気の大きな源になっているのは確実に『必殺仕掛人』だと思いますね。


貫井 原作がほとんど溜まっていない状況でドラマになったから、この梅安は緒形さん・制作陣独自のものです。梅安はもちろん、原作とは特徴が全く違う登場人物がほとんどながら、とても印象に残るキャラばかり。映像作品としての作りこみがすごい。


京極 『必殺仕掛人』は小説を原作としたドラマというよりは、梅安たち池波キャラクターを使って再構築した別作品と位置付けた方がいいでしょうね。原作に基づいた話ってほとんどないでしょう。


貫井 「おんな殺し」「秋風二人旅」「暗闘仕掛人殺し」くらいですかね。そもそもドラマの大元は「殺しの掟」という短編だそうです。この短編は、仕掛人の話だけど梅安はまだいない。


──では、小説の連載とほぼ並行してドラマが放映されていたのでしょうか。


貫井 そうですね。池波先生がドラマに関してどう思っていたのか、とても気になるんですよね。


京極 諸説ありますね。「仕掛人」に続く必殺シリーズに関してはわからないけれど、少なくとも『必殺仕掛人』に関しては楽しまれていたように思いますが。途中で原作の単行本の表紙が変わっていますが、どう見ても緒形拳さんの顔にしか見えない(笑)。


──緒形拳さんの梅安は、原作の骨子はあるもののオリジナリティ溢れるキャラだったんですね。逆に、原作に準拠した映像化作品はあるのでしょうか。


京極 ドラマ『必殺仕掛人』以降の映像化作品は、基本的に原作準拠のストーリーですよ。


貫井 放送終了後、ドラマの映画化として三作品作られましたが脚本は原作をベースにしていますね。


京極 一作目の劇場版『必殺仕掛人』は、梅安役を緒形拳さんから田宮二郎さんに変更したんですね。「ドラマとは違うぞ!」という決意表明だったのでしょうか。でも、二作目、三作目の映画は緒形さんに戻っているという(笑)。


貫井 テレビとキャストはほぼ同じなのに、演じている役が違うケースが多くて、そこもややこしいですよね。


京極 ドラマの印象が強過ぎたんですよねえ。それだけ緒形さんの梅安のキャラが立っていたということでしょう。


──ありがとうございます。緒形さん以降の梅安で、これぞという作品となるとどれになるのでしょうか?


京極 やっぱり渡辺謙さん主演の『仕掛人 藤枝梅安』ですかね。「鬼平」の枠だったし。


貫井 僕も、今回の映画を観るまで、一番原作に近い梅安は渡辺謙さんだったと思います。


京極 萬屋版の映画、小林版の時代劇スペシャルが放映されてから、十年近く映像化作品がなかったので、もうおしまいかと思っていたんです。そこに颯爽と現れた渡辺謙。


貫井 緒形拳さんの印象を継承しながら、軽さを排除して原作の梅安によった役柄でした。何より、坊主頭の大男という梅安の重要な特徴が如実に表れている。梅安をスタイリッシュに見せる『必殺仕掛人』のいいところと、原作の良さが存分に出たストーリーが見事にマッチした作品です。


京極 小杉十五郎を演じたのが阿部寛さんだから、画面に大男しかいないこともしばしば(笑)。


──相棒役の彦次郎を演じた方たちの印象はどうでしたか?


京極 橋爪功さんの彦次郎もとてもしっくり馴染みました。小林版の田村高廣さんはカッコ好過ぎるから(笑)。


貫井 彦次郎は悲惨な過去を背負いながら、食い詰めてやっと江戸に出てきた人物なので、素朴な感じが似合いますね。


──必殺シリーズと、それ以降の作品。これにはどういった違いがあるのでしょうか。


京極 さまざまな要素が考えられますけど、まずは放送形式と物語の相性の問題というのはあると思います。

 必殺シリーズは基本一話完結の連続ドラマですからね。連続性を保持するためには、設定と、キャラを立てた形でフォーマットを作るしかないわけですし。


──時代劇というと、絶対的なヒーローによる勧善懲悪のイメージがありました。


京極 いわば「型」や「お約束」というべきものも、先人たちが視聴者に喜んでもらうために試行錯誤の末生み出したものなんですよ。そうしたものを『木枯し紋次郎』なんかは壊したわけだけど、『必殺仕掛人』は「打倒紋次郎」として企画されたものですし。さらにいろいろ新しく創ってる。


貫井 必殺は緒形さんだけじゃなく、林与一さん、山村聰さんが演じる元締も安定感のあるキャラでした。逆に映画や単発のドラマはキャラが立っていてもその作品でしか使えず、ストーリーにより重点が置かれますから素晴らしい原作をベースにする。どちらがいい・悪いではなく、単に作品の性質によるところが大きいと思います。

どこまでもリアルな時代劇


──岸谷五朗さんが梅安を演じた作品から実に十七年ぶりの映像化となった『仕掛人・藤枝梅安』。試写をご覧になってどうでしたか?


京極 作中リアリティの構築に力が入ってましたね。外連味も残しつつ、二十一世紀に時代劇を作るならこうだろうという工夫がある。仕掛を巡るさまざまな人の思惑が克明に描かれていて、池波作品の行間が埋まっていくような感覚を持ちましたが。


貫井 従来の梅安の映像化作品は、全くオリジナルの脚本が多い『必殺仕掛人』のほかは、すべて原作に準拠したストーリーでした。しかし、今回の映画は、いろんな短編をミックスしてうまく一つのストーリーにしている。我々のようなマニアは、これまでたくさんの梅安を読んだり観たりしてきているので大体の話の筋はわかっちゃうんですが、驚かされる展開が多く、見ごたえがありました。


京極 原作を真摯に読み込んでいるのが伝わってくる脚本でした。


──キャストはいかがでしたか?


京極 豊川悦司さんは、今回はあえてカッコ好さを封印していたような気がします。泰然とした落ち着きのある人物として演じることで、裏では人を殺めているという怖さも一層引き立っているような。緒形さんの際立った二面性とはまた違った見せ方でしたね。


貫井 彦次郎も、片岡愛之助さんの名演技ですごくしっくりきましたね。先ほど、「彦次郎は素朴な感じが良い」と言いましたけど、片岡さんの彦次郎もとてもよかったです。


京極 彦次郎がナレーションを務めているのも良い演出でした。狂言廻しでもヒーローでもなく、仕掛人が主役の映画になっていたと思います。


貫井 梅安の過去、彦次郎の過去両方にスポットが当たっていて、どこまでも二人のドラマとして観ることができました。


──「時代劇、新時代。」と掲げられたこの映画ですが、従来の時代劇との違いはどこに感じましたか?


京極 ストーリーの組み立て方もそうですけど、江戸の風景をしっかりと作っているところが、いまの時代劇の最前線という感じがしてよかったです。街並みが水面に映る演出なんて、昔はなかったですから。


貫井 我々は江戸の街並みを観ているだけで楽しいので、今回のような雰囲気から本気で作る作品をもっと観たい(笑)。


京極 観たいですねえ。昔の衣装を着ていればそれで時代劇、というわけではなく、時代の流れによって時代劇の撮り方も変化しているはずです。今はCG技術なども進んでいますし、それらを使って昔は撮れなかった画を撮る取り組みは大事だと思います。


──お二人ならではの注目ポイントを教えてください。


京極 観る前に気になっていたのは下駄屋の金蔵ですね。これを誰が演じるのかが梅安ファンのひそかな見どころで(笑)。


貫井 毎回、梅安に怒られる患者として冒頭に出て来るキャラです。今回も名演でした。

 あと、おせきさんも良かった。少し下世話なところなど、おばあちゃん然としたおばあちゃんでした。


京極 実に生活感がありましたよね。時代劇はともするとファンタジーになりがちで、現実感が薄れちゃうものなのですが、今回は全員江戸で暮らしている感じが出ていて、リアルでしたね。


──仕掛のシーンはいかがでしたか?


京極 実際にはこうだろ、という演出に好感を持ちました。絞め落としてからゆっくり針で仕留めるところとか。派手な仕掛もいいんだけど、本来はこれくらい地味だよなと。


貫井 彦次郎の吹き矢もリアルでしたね。刺さってから相手が倒れるまで絶妙なタイムラグがあるのがよかった(笑)。


京極 目を狙ったり、毒を仕込んだり、どこまでも現実的な戦い方でしたね。


貫井 必殺シリーズ以来、仕掛をファッショナブルに見せようとずっとされてきたわけだけど、ようやく違った仕掛が観られたような気がします。あのスタイリッシュな殺しは、必殺のスタッフ陣しか撮れない苦労の結晶ですから。

これからの梅安


──これからの梅安はどうなっていく、あるいはどうなってほしいですか?


貫井 今回の映画で終わりにしないで、ぜひ続編を作ってもらいたいです。小杉十五郎がまだ出てきていないので、どういう話になるのかが観たい。


京極 いまこうした時代小説を原作とした映画やドラマは年々少なくなってきています。今回の映画の続編はもちろん、新しくて素晴らしい時代劇作品がたくさん生まれてほしいですね。


(2022年11月18日、京極夏彦さん宅にて)

【『仕掛人・藤枝梅安』映像化作品の歴史】

(/以降は梅安役の俳優名・敬称略)


①1972〜73「必殺仕掛人」連続テレビドラマ 全33話/緒形拳

②1973 「必殺仕掛人」劇場版シリーズ1作目/田宮二郎

③1973 「必殺仕掛人 梅安蟻地獄」劇場版シリーズ2作目/緒形 拳

④1974 「必殺仕掛人 春雪仕掛針」劇場版シリーズ3作目

⑤1981 「仕掛人梅安 劇場版」全1作/萬屋錦之介

⑥1982〜83 「仕掛人・藤枝梅安 時代劇スペシャル」全7作/小林桂樹

⑦1990・1993 「仕掛人 藤枝梅安スペシャル」2時間スペシャル 全2作/渡辺 謙

 1991 「仕掛人 藤枝梅安」連続テレビドラマ 全5話

⑧2006 「仕掛人 藤枝梅安」土曜プレミアム 全1作/岸谷五朗

⑨2023 「仕掛人・藤枝梅安」劇場版 2部作/豊川悦司

京極夏彦 (きょうごく・なつひこ)

一九六三年、北海道小樽市生まれ。一九九四年『姑獲鳥の夏』でデビュー。一九九六年『魍魎の匣』で第四十九回日本推理作家協会賞長編部門、二〇〇三年『覘き小平次』で第十六回山本周五郎賞、二〇〇四年『後巷説百物語』で第百三十回直木賞、二〇一一年『西巷説百物語』で第二十四回柴田錬三郎賞ほか受賞多数。日本推理作家協会第十五代代表理事。

貫井徳郎 (ぬくい・とくろう)

一九六八年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒。一九九三年、第四回鮎川哲也賞の最終候補となった『慟哭』でデビュー。二〇一〇年『乱反射』で第六十三回日本推理作家協会賞受賞、『後悔と真実の色』で第二十三回山本周五郎賞受賞。「症候群」シリーズ、『プリズム』『愚行録』『微笑む人』『宿命と真実の炎』『罪と祈り』『悪の芽』『邯鄲の島遥かなり(上)(中)(下)』『紙の梟 ハーシュソサエティ』『追憶のかけら 現代語版』など多数の著書がある。

仕掛人・藤枝梅安非情の世界に棲む男
生かしておけないやつらを闇へ葬る仕掛人。梅安シリーズ第1弾!


品川台町に住む鍼医師・藤枝梅安。表の顔は名医だが、その実、金次第で「世の中に生かしておいては、ためにならぬやつ」を闇から闇へ葬る仕掛人であった。冷酷な仕掛人でありながらも、人間味溢れる梅安と相棒の彦次郎の活躍を痛快に描く。「鬼平犯科帳」「剣客商売」と並び称される傑作シリーズ第1弾。

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