パラレルワールドの住人たち

文字数 923文字

 浅見光彦をはじめ、内田康夫作品の住人たちは歳をとることなく、その時代、時代を生きています。読者の方から、「浅見が一年の間に、百以上の事件を解決しているのはおかしい」と指摘されたことがありましたが、著者は笑って言いました。「浅見シリーズはパラレルワールドなのさ。だから、いろいろな世界があっていいんだよ」――と。
 浅見光彦は東京都北区に住む素人探偵で、好奇心旺盛な永遠の三十三歳。その友人で、光彦の事件簿を面白おかしく小説に仕立てて発表しているのが、作中にも出てくる内田康夫です。内田の書く小説では、光彦はもちろん、その家族までもが、無断であることないこと書かれています。その被害者の一人が、浅見家の住み込みのお手伝い・吉田須美子なのです。
『高千穂伝説殺人事件』では光彦に向かって厭味を連発し、『佐渡伝説殺人事件』で坊っちゃまじゃなく、名前を呼んでほしいと言われたときは、「やだあ、夫婦みたい」と、ゲラゲラ笑っていた須美子。ですが『琥珀の道(アンバー・ロード)殺人事件』では、光彦から「嫁に行ったら、少しは亭主の苦労も察して――」と言われると、「私はお嫁になんか行きませんからね」と、涙ぐんでいます。短い間に態度や対応がころころ変わるのは、乙女心のなせる技なのかもしれませんが、作品ごとにあまりにかけ離れた須美子像が描かれているのも事実です。
 その極致ともいえるのが、二〇一〇年に内田がファンクラブの会報で発表した「二〇四〇年某月某日の浅見光彦の日記」。ここには母親・雪江の百歳の誕生日を祝った日のことが書かれているのですが、なんと、須美子は光彦坊っちゃまと結婚しているのです。そういう世界もまた、どこかにあるかもしれないと思わせてくれる、これぞパラレルワールドの醍醐味です。
 そんな並行世界の片隅で、浅見家の日常にひそむ四つの謎に、須美子が挑みます。炊事、洗濯、名探偵!? 今日も浅見家のお手伝いさんは大忙しです。



内田康夫財団事務局

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