第5話 21-22

文字数 2,404文字

幸せなはずなのに悲しくて、苦しいけれどかけがえが無い。

そんな私たちの日々が、もしもフィクションだったら、どんな物語として描かれるでしょうか。


大人気のイラストレーター・漫画家の

ごめん(https://instagram.com/gomendayo0?igshid=1rh9l0sv9qtd2

さんが、


あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていく隔週連載。

この物語の主人公は、「あなたによく似た誰か」です。

【第5話】21-22

あっけないことが案外

2013.05.16

 シャッター音とともに、シフト表に並んだふたつの苗字が液晶の中に四角く切り取られる。沢田と溝口。字のフォルムが少しだけ似ていることに気がついたのは、こうやって毎週シフト表が張り出されるたびに写真を撮るようになってからだ。こんなことでいちいち嬉しくなってしまうのだから、私の頭はとても単純に作られているんだなとつくづく思う。

 高校に入学してすぐ、家から15分ほど歩いた先にあるコンビニでバイトを始めてから、もうすぐ2年が経とうとしている。沢田さんと会えるのは毎週月曜、沢田さんが出勤する21時から、私が退勤する22時までの1時間。一週間のうち、沢田さんとシフトが唯一被るこのたった1時間を中心に、私の毎日はぐるぐると鮮やかに回っている。


2013.05.20

「溝口さんって、もうすぐ受験?」

 手持ち無沙汰な様子で、沢田さんの長い指ががレジのタッチパネルに触れた。21時からは特別やらなければならない業務もないから、暇になるとこうしてレジに立って雑談していることが多い。沢田さんの低い声で呼ばれると、そこまで気に入ってなかった自分の苗字さえも愛おしく思えてくるから不思議だ。

「そうなんですけど、あんまり考えたくないですね〜」

 このバイトも辞めたくないし、という言葉だけ飲み込んで苦笑した私につられるように、沢田さんは「だよね」と目を細くして笑った。

 沢田さんはいつも、世間話以上のラインを超えてこない。店長や他の先輩みたいに、俺の受験の時はね、とか、進路どうするの?とか、そんな踏み込んだ話はしてこない。だから私は、年齢だとか通っている大学だとか、沢田さんを縁取る輪郭の部分しか知らないし、沢田さんも私のことをあまり知らない。彼のそんなところが好きだと思うし、同時に少しだけさびしいとも思う。


 初めて会った時のことはよく覚えている。バイト初日、「おはようございます」とバックヤードに入ってきた沢田さんは眠そうな細い目をしていて、歩くたびにふわふわと揺れる猫っ毛が可愛かった。クラスの男子よりも背が高くて、色が白くて、手が綺麗だった。目が合って、私はその日たまたま髪にアイロンをしていなかったことをひどく後悔した。つまり、人生で初めて一目惚れをしたわけである。


 バイトを始めてから、月曜日が特別になった。私は22時を過ぎても帰るのが惜しくて、ウォークインで品出しをする沢田さんに話しかけるようになった。あんまり長居すると邪魔になるから、毎回ちょうどいいくらいの話題を探して。友達に沢田さんのことを話すと、バイト中遊びに来てツーショットを撮ってくれた(ほぼ盗撮だったけど)。沢田さんの名前が入ったレシートをこっそり持って帰ったりもした。もし知られたら引かれそうだけど、沢田さんは私の気持ちにとっくに気付いているような気もする。


2013.07.12

 チョコレートを食べ切ってしまった。沢田さんが買ってくれたお菓子。初めて沢田さんにもらったものなのに、嬉しくなかった。

 今年の夏、私たちのバイト先は閉店するらしい。オーナー店から本部の直営店に変わるとかなんとか、よくわからないけどそんな理由だった。チョコレートは落ち込んでいた私を励ますためにくれたものらしい。沢田さんは相変わらず優しかった。そして、どちらにせよ就活のためにバイトを辞めようと思っていたことも話してくれた。私だって、いつまでもここに留まっていられるわけじゃないって知っていたけれど。


2015.11.30

 機種変をしたら、ラインのデータが消えた。元バイト先のグループラインも消えて、沢田さんと連絡を取れる(かもしれなかった)手段を完全に失ってしまった。仕方なく作り直したアカウントの「友だち」の欄は、今は大学の友達と家族ぐらいしかいない。チャンスがあるうちにせめて少しでも沢田さんの心に踏み込めていたら、何か変わっただろうか、とか、今更考えてしまう。


2020.06.13

「もう夜もだいぶ暑くなってきたよね」

 古川くんが私の左手をやさしく握る。ごつごつと骨張った手と、私よりも少しだけ太い指。外回りの仕事が多いからだろうか、すでに日に焼けているように見える。

「ね。夏が来るのって毎年どんどんはやくなってる気がする」

 私は同じ強さで握り返しながら、この人のことが好きだと思った。一瞬、沢田さんの白くて細い指先を思い出したけれど、すぐにじんわりとした初夏の暑さに溶けていく。オレンジの外灯に照らされた古川くんの横顔を見て、私はまた嬉しくなった。夏が来たらきっと、世界はもっと鮮やかになるだろう。時刻は22時を過ぎていた。

ごめんさんが、あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていきます。

恋愛や友達関係、自身のコンプレックスなどなど……

こちらのURLより、ぜひあなたの体験やお悩みをお寄せください。


https://docs.google.com/forms/d/1y1wrJASyyKN2XDhYGkuBHgXMrbF1VpmJ8g668lJQ4a4/edit

 

※ごめんさんに作品化していただきたい、皆さんのこれまでの体験や、日々の悩みなどをお寄せください。

※お寄せいただいた回答の中から選び、解釈させていただいた上で、作品化いたします。

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