護心術

文字数 1,176文字

 護身術とは積極的に相手に危害を加えて身を護る術ではなく、相手の攻撃をかわす、制御する、未然に防ぐなど、いわば危険から「安全に逃れる」ための術だと聞いたことがあります。であればこのご時世、自分の「心」を護る「護心術」というものが、年齢を問わず必要となっているのではないでしょうか。

 社会人はもとより、小学生も、大なり小なりの集団生活の中で煩雑な人間関係に否応なくさらされて、「登校を困難にされる」児童が増えているのが今の現実です。時には小学校に入学する前の保育園、幼稚園年長児が、ストレスに起因すると推測される特発性の急性じんま疹で外来を受診する姿を見ると、すでにこの頃から「護心術」が必要なのではないかと考えてしまいます。

 総合格闘技などでは相手に正対して馬乗りになる、圧倒的に優位な状態を「マウントポジション」と表現することから、広く日常生活でも自分の優位性を自慢したり威圧的な態度を取ったりすることを「マウントを取る」と表現するようになったなど諸説あります。しかし残念ながら相手に対して積極的に危害を加えることになるため、これによって一時的に自分の心を護れたとしても、様々な意味で不適切な行為と言えるでしょう。

 そこで本作の主人公である(かな)()には、護心術のひとつとして「出ない杭は打たれない」という信条を持たせることにしました。徹底的に逃げて隠れ、息を潜めて静かに暮らす――それはポジティヴ・シンキングの方々からすれば少し理解に苦しむ生き方かもしれませんが、サバンナを生きる野生の肉食獣と草食獣の違いと理解していただければ幸いです。獰猛(どうもう)な牙で相手を倒して肉を食らうのも生きる術ならば、静かに草を()みながら想像力豊かにすごしつつ、鋭敏なセンサーで素早く危険を回避するのもまた生きる術。これは優劣や善し悪しの問題ではなく、種としての多様性ではないでしょうか。

 本作を読んで奏己のような「がんばらない」生き方に共感された方々には、ぜひ今後も臆することなく、いつまでもそのままのライフスタイルを続けていただきたいと願います。



藤山素心(ふじやま・もとみ)
広島県生まれ。東京都在住。医師。ホビージャパン主催第11回HJ文庫大賞(現:HJ小説大賞)で金賞を受賞。『テキトー男の異世界スローライフ』でデビュー。著書に「江戸川西口あやかしクリニック」シリーズ(光文社キャラクター文庫)、「おいしい診療所の魔法の処方箋」シリーズ(双葉文庫)、『亜人さん、今日はどうされましたか?』(HJ文庫)などがある。

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