第98回

文字数 2,189文字

前回「明るいひきこもり」で検索したところ「明るいひきこもりほどタチが悪い」という、こちらの精神を一撃で破壊する記事がヒットした。


「ひきこもり」という現状を憂いてじめついているひきこもりよりも、仕事も勉強もしていない分際で恥も外聞もなく開き直っているひきこもりの方がタチが悪いということである。


そういう意味では、ひきこもりを恥じるどころか全肯定しようと屁理屈を100回近くこね続けているこの連載と書いている私は、もはや害獣レベルの厄介である。そろそろ猟友会に連絡がいってもおかしくない。


確かに周囲に迷惑をかけておいて開き直っている奴はタチが悪い。

しかしひきこもりというだけで自分を恥じ、生まれてきたことを世間に詫びる顔をしていなければいけない、というのはおかしい。


むしろ、ひきこもりはひきこもりであることを恥じて暗くしていなければいけないという圧力こそが、ひきこもりをさらにひきこもらせているのではないだろうか。


なぜ我々が人前でパンツを履いているかというと、その中にあるものが恥ずかしく、それを見せたら他人が不愉快になるという自覚があるから隠しているのだ。


それと同じようにひきこもりに恥ずかしいという自覚を持たせてしまったら、人様を不愉快にさせないよう。良かれと思って見えないところにひきこもってしまうのは当たり前ではないか。


誰だって「ちょっとパンツ脱いで見せてみ?」と言われてもそう簡単には脱げないだろう。それと同じようにひきこもりだって自分のことを恥ずかしいと思っているうちは、なかなかパンツという名の部屋からは出てこれないのだ。


パンツを脱ぐには本人が「パンツの中相当自信ニキ」つまり「自分に自信がある状態」になるか、世間の方が「別にパンツの中身が出てきても良い、むしろよく出てきてくれた」と容認している状態になる必要がある。


つまり、ひきこもり本人が自分を恥じ、世間もひきこもりは恥ずかしいもので、出てきたら出てきたで「どの面下げて」と言っている世の中では永遠にひきこもり問題は解決しないのである。


実際「ひきこもり問題解決には第三者の介入が必要」と口を酸っぱくして言っているのに、なかなか外部と繋がれないのは、ひきこもりとその家族が「こんな恥ずかしい状態の家庭を人様に見せられない」と思い込んでいるからであり、それが8050問題の根本的原因の一つと言って良い。


先日、まさにこれが原因で長年問題を抱える家庭を扱った記事をネットで見かけた。


しかし、この記事で取り上げられたのは8050ではない。


ではまだ若いひきこもり家庭かというと逆であり、9060なのだ。すでに日本はここまできてしまっているのだ。


記事に出てくる家庭は、90代の父親がひきこもっている60代の息子と50代の娘の面倒を見ているそうだ、ひとりでも厳しいのに二人とか厳しすぎる。


さらに長男のひきこもり歴は10年程度だが、娘の方は18歳からひきこもっている大ベテランだという。


ひきこもったのは昔から人と会話ができず、それが元で会社をクビになったのが原因だそうだ。


正直全く他人事と思えない、一歩間違えたら私もそうなっていただろうし、今からなる可能性も十分にある。むしろ未来の自分が、時空を超えてニュースになったのではないかとすら思える。


この家庭は外部との関係が断たれているのはもちろんのこと、家族間でもコミュニケーションが断絶しており、父と子の間には全く会話がないらしい。


ちなみに長男はひきこもり歴こそは浅いが、父の年金を勝手にギャンブルやタバコに使う、アグレッシブタイプのひきこもりだそうだ。


もはやひきこもり問題の枠に収まりきらない問題のある家庭だが、問題がここまで悪化し、それが何十年も続いてしまったのはやはり、問題を家庭内で収めようとした結果ではないかと思う。


唯一ひきこもってない次男が、そんな実家の現状を憂い、再三外部に相談するように進言するも、父子ともに頑として受け入れなかったという。

外部の方が心配して家庭訪問に行っても、父は「子供は仕事に行っている」と嘘をつき、娘は「入ってきたら殺す」と受け入れなかったそうだ。


齢50になった女から「殺す」という言葉が出る威勢の良さに希望を感じるが、この頑なさこそが問題を悪化させた原因であり、頑なになった理由はやはり「こんな状況を他人に見せたくない」という気持ちが大きかったからだと思われる。


取材が入った、ということは現在この家族は外部と繋がっているのだろうが、ひきこもりを恥と思う気持ちがなければ、もう少し早く手を打てたのではないかと思う。


ひきこもり問題を長引かせるのはひきこもりを恥とする社会である。

ひきこもりがパンツから出てきても顔をしかめるのではなく、「よく出てきたな!」と歓迎しなければならない。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

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