短編集は売れないからです

文字数 1,024文字

 自作解説をしない。苦労話もしない。「こう読んでほしい」と読者に要望しない。
 小説執筆を仕事にするに当たって決めたルールだ。正直カッコつけ以外の何物でもないし、新刊告知も兼ねてのインタビュー等ではベラベラ喋っているので全く徹底できておらず、むしろカッコ悪い。
 では、この「文庫化の告知も兼ねたエッセイ」ではどうするべきか……と、ここまで書いてやっと、ルールに抵触せず、しかも今度出る文庫版『ひとんち 澤村伊智短編集』に絡んだ、書くべきことに思い至った。
 デビュー後すぐ、有り難いことに複数の出版社から執筆依頼が来たが、どの依頼も判で押したように「長編を書け」というものだった。書下ろし。それが無理なら雑誌連載。それも駄目なら「通読したら長編になっている」趣向の連作短編集。「どうして普通の短編集は駄目なのか?」と私は訊いたが、答えもまた判で押したように同じだった。「売れないからです」。
 出版業界の片隅で口を糊していたので、本が売れないことは知っていた。だが、その対策がこれなのか、しかも右へ倣えなのか。編集者とは「本を出したい、売りたい」ではなく「売れなかった時の責任を取りたくない」という意識で原稿を依頼する人種なのか。依頼されてナンボの世界で、それも足を踏み入れてすぐ、私は依頼主たちに苛立っていた。青臭い、傲岸不遜だと言われれば返す言葉もない。
 そんな時「短編? 是非書いてください。短編集にも売る方法はあります」と、こちらの意見を聞いて依頼を変更してくれたのが、光文社の編集S氏であり、それで出来上がったのが『ひとんち』だ。目一杯カッコつけて言うなら、この本は娯楽文芸出版に漂う空気に対する、ポッと出のホラー作家とS氏の反逆である。
 短編を愛好する読者の方々、これが送り手側の実情です。
 短編を書きたい若い作家の方々、黙っていても依頼は来ません。
 私はこれからも反逆します。『ひとんち』是非よろしくお願いします。



澤村伊智(さわむら・いち)
1979年大阪府生まれ。2015年『ぼぎわんが、来る』で第22回日本ホラー小説大賞を受賞。2019年「学校は死の匂い」で第72回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。2020年『ファミリーランド』で第19回センス・オブ・ジェンダー賞特別賞を受賞。近著に『邪教の子』、『怖ガラセ屋サン』など。

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