〈7月21日〉 篠原美季

文字数 1,974文字

妖怪(ようかい)ヨガノボウ

「まただ……」
 (かな)しみとともにつぶやいたぼくは、ズタズタにされた部分(ぶぶん)にさわって(かた)()とす。こんなことが(ゆる)されていいものか?
──いや、よくない。ぜったいに、いいわけがない。
 そこで、ぼくは、(かれ)らに(たい)して(たたか)いを(いど)むことにした。
(あいつら。ぜったいにやっつけてやる!)
 戦争(せんそう)断固(だんこ)(はん)(たい)だけど、大事(だいじ)なものを(まも)るためなら、ぼくだって(たたか)う。これは、その(たたか)いの克明(こくめい)記録(きろく)である。
(ただ、問題(もんだい)は、その方法(ほうほう)なんだよなあ)
 (にわ)(みず)をやりながら(かんが)えていた(ぼく)を、(はは)()んだ。
「アキ~、ごはんよ~」
「わかった~」
 (たたか)いの最中(さなか)といえども、ごはんは()べる。(はら)()っては(いくさ)ができぬって、どこの(だれ)()ったか()らないけど、わかる。なにをするにも、ごはんは基本(きほん)だ。
 そこで、たらふくごはんを()べたぼくは、宿題(しゅくだい)をやる()りをしてふたたび(かんが)()んだ。
 (じつ)()うと、ぼくはまだ(かれ)らの姿(すがた)()たことがない。(かれ)らは(やみ)にまぎれてやってきては対象物(たいしょうぶつ)()りつき、無抵抗(むていこう)相手(あいて)をムシャムシャとむさぼり()ってしまうのだ。(おそ)ろしい連中(れんちゅう)だろう? ぼくは(かれ)らのことを「妖怪(ようかい)ヨガノボウ」と()んでいるけど、(かれ)らが(やみ)にうごめく姿(すがた)想像(そうぞう)するだけで鳥肌(とりはだ)()ってくる。まさに、妖怪(ようかい)だ。どうしたら、そんなおっかない連中(れんちゅう)をやっつけることができるのか。
 フェイクを用意(ようい)するなどいくつか(わな)をしかけてみたが、どれもうまくいかず、日々(ひび)犠牲(ぎせい)()えていくのをとめられないまま、数日(すうじつ)()ぎた。
 もうダメだ。ぼくには(かれ)らを()められない。
 そんな無力感(むりょくかん)()ちのめされていたぼくに、一緒(いっしょ)にごはんを()べていた(ちち)()った。
「そう()えば、(うら)(はたけ)でヨトウが大量(たいりょう)発生(はっせい)したらしくて大々的(だいだいてき)駆除(くじょ)したそうだ。その(とき)にアキのアサガオの(はなし)をしたら、ついでにうちの(にわ)にも農薬(のうやく)をまいてくれるってさ。よかったな、アキ。もう心配(しんぱい)ないぞ」
 以来(いらい)本当(ほんとう)(かれ)らは()なくなり、ぼくの(たたか)いはふいに()わりを()げた。おかげで虫食(むしく)()記録(きろく)途中(とちゅう)でストップしたまま、ある(あさ)()きたらアサガオがきれいに()いていた。
 その()縁側(えんがわ)でスイカを()べているとトンボが()んできて、ぼくはそれを()ながら、来年(らいねん)もアサガオを(そだ)てようと(こころ)(ちか)った。


篠原美季(しのはら・みき)
横浜市在住(よこはましざいじゅう)明治学院大学卒業(めいじがくいんだいがくそつぎょう)。2000(ねん)、『英国妖異譚(えいこくよういたん)』で(だい)(かい)ホワイトハート新人賞(しんじんしょう)優秀賞(ゆうしゅうしょう)受賞(じゅしょう)しデビュー。「英国妖異譚(えいこくよういたん)」は「欧州妖異譚(おうしゅうよういたん)」と(つづ)き、現在(げんざい)シリーズが番外編(ばんがいへん)(ふく)め52(かん)(かぞ)える。また香谷美季(かがやみき)名義(めいぎ)講談社(こうだんしゃ)(あお)(とり)文庫(ぶんこ)「あやかしの(かがみ)」シリーズを執筆(しっぴつ)している。

近刊(きんかん)

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