〈5月20日〉 今野敏

文字数 1,286文字

 ここ一ヵ月以上、ほぼ同じ生活をしている。自宅と直線距離で二百メートルと離れていない仕事場だけで、自粛生活だ。
 うちでごろごろしていると、つい間食をしてしまう。空手道場も自粛で休みにしているので、まったく運動することもない。
 その結果、血糖値と中性脂肪の値が急上昇してしまった。医者が言うには、「このままだと、立派な糖尿病だ」ということだ。
 新型コロナを恐れていたら、あろうことか別の病気にかかりそうになったわけだ。
 これはいけないと、一念発起。五月の初めから間食をぴたりと止め、午前中に自宅地下にある空手道場で、腕立て、腹筋、スクワット、そして空手の型などの運動を始めた。加えて、仕事場への行き帰りに、二十分ほど散歩をすることにした。
 すると、みるみる体重と体脂肪率が落ちていく。今まで、どれだけ()()(らく)な生活をしていたかが身に染みた。
 五月二十日時点で、三キロほど減少し、体脂肪率も二パーセントほど落ちた。おかげで、体調は悪くないのだが、急にウエイトを落としたせいで疲労感がすごい。あと二週間もすれば体が慣れてくるはずだ。そうなってようやくウエイトコントロールの成功だ。
 さて、新型コロナのせいで、糖尿病になりかけたと書いたが、実はそれだけではない。若い頃にパニック障害(当時は、不安神経症と言っていた)を長いこと患っていたのだが、この間、久しぶりにその感覚が襲ってきた。
 おそらく、自粛生活をしていると、外からの刺激がないので、過剰に自分自身に眼を向けるようになるのだろう。加えて、テレビやネットでは新型コロナについての不安を(あお)るような話題ばかりだ。
 普通なら気にしないような、喉の違和感などが、ひどく気になってくる。だんだんと不安が募る。こうした悩みは、なかなか他人には伝わらず、世の中で話題になることもない。
 だが、間違いなく新型コロナ禍の一環だろう。精神的なメンテナンスも、きわめて重要なのだ。
 さて、今日は理髪店に出かけた。気分転換になるかと言えば、実はそうでもない。一時間もじっと座っているのは、私にとって苦行なのだ。
 鏡に映った自分を見ると、頬の丸みが落ちている。三キロ減の効果は大きい。
 整髪が終わって理髪店を出ると、世の中ががらりと変わっていた。……などということがあれば、ショートショートっぽいのだが、そんなこともなく、また自粛生活が続くだけだ。


今野敏(こんの・びん)
1955年、北海道三笠市生まれ。上智大学在学中の1978年に『怪物が街にやってくる』で問題小説新人賞を受賞。卒業後、レコード会社勤務を経て作家に。2006年、『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、2008年、『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞、2017年、「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。また「空手道今野塾」を主宰し空手、棒術を指導している。近著に『任俠シネマ』『黙示』などがある。

【近著】  

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