『掟上今日子の鑑札票』刊行記念クロスレビュー#2

文字数 1,510文字

西尾維新の大人気シリーズ「忘却探偵シリーズ」の最新作がついに発売!

タイトルは『掟上今日子の鑑札票』――

シリーズ13作目であり、「必読の一冊!」と編集部が熱弁する本作の発売を記念して、

ミステリをこよなく愛する3名の著者によるクロスレビューを、短期集中連載!

第2回は、ミステリ評論家の千街晶之さんです!

名探偵は戦争を相手取る 

千街晶之(ミステリ評論家)


 最速で事件を解決する能力を持つが、一度眠ると記憶がリセットされてしまい前日のことを忘れてしまう「忘却探偵」掟上今日子のシリーズも、新刊『掟上今日子の鑑札票』で十三冊目となる。今回はシリーズ中、最も不穏な事態が掟上今日子を見舞う。ある重役狙撃事件を調査していた掟上は、何者かに頭を撃ち抜かれる。彼女は一命を取り留めたものの、ミステリー用語の知識、そして探偵としての能力を失ってしまったのだ。


 本書は、これまで幾度も掟上に無実を証明してもらった「冤罪王」隠館厄介の視点で語られる。どんなミステリー用語にも反応しなくなった掟上に対する「ミステリー脳」の厄介の困惑が可笑しい。だが今回の事件は、どう考えても厄介の手に余るものだ。というのも、タイトルの『掟上今日子の鑑札票』、更には「掟上今日子の地雷原」や「掟上今日子の自走砲」といった各エピソード名から窺えるように、事件の背後に見え隠れするのは軍人らしき存在。地雷や戦車まで駆使する敵に、一介のミステリーファンにすぎない厄介が太刀打ちできるのだろうか。


 そこで厄介が選んだ行動はかなり意表を衝く。彼はある場所へと赴くのだが、思わず「そこからか?」と突っ込みを入れたくなったほど、その行動はナイーヴだ。しかし、一介のミステリーファンが改めて戦争とは何かを知ろうとするなら、そもそもの基礎から辿り直すほかはないのかも知れない。そのあとの、ある人物と厄介のあいだで繰り広げられる、戦争とエンタテインメントについての問答からも、まず出発点に立ち返るという姿勢が垣間見える。


 大詰めでは、掟上を狙撃した犯人の正体と動機、そして掟上の過去が明かされる。戦争をテーマに選んだミステリーは多々あるし、笠井潔による大量死理論をはじめミステリーと戦争の関係を論じた例もあるけれども、こんな異様な角度で「名探偵の物語」と戦争を結びつけた試みはなかったのではないか。個人レヴェルの犯罪では無敵の推理力を発揮できる名探偵も、戦争という大きな時代の流れの前では基本的に無力だ(横溝正史が生んだ金田一耕助や高木彬光が生んだ神津恭介ら、多くの名探偵が戦争に召集されている)。だがもし、そんな前提さえも覆す名探偵が存在していたならば――。夢がある話というべきか、それとも現代の悪夢なのか、いずれにせよ、名探偵と犯人の対決のゲーム的な構図が政治性を帯びた時にアイロニカルな批評性を放つことを極限まで強調した作品と言える。

『掟上今日子の鑑札票』

著:西尾維新 

illustration:VOFAN

発売日:2021年04月22日

定価:1,540円(本体1,400円)

ISBN 978-4-06-522792-3

四六判ソフトカバー・256ページ


推理力を奪われた今日子さんのため、相棒・厄介(やくすけ)が奔走!

シリーズ最大の敵にどう挑む? タイムリミットミステリー!


「天井に書かれていた文字。あれを書いたのは私だ」


殺人未遂事件の容疑者にされた青年・隠館厄介。

いつも通り忘却探偵・掟上今日子に事件解決を依頼するも、

その最中、今日子さんが狙撃されてしまう。

一命を取り留めた彼女だったが、最速の推理力を喪失する。

犯人を追う厄介の前に現れたのは、忘却探偵の過去を知る人物だった――。

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