〈4月21日〉 似鳥鶏

文字数 1,168文字

子守唄を聴いている


 うち同様赤ちゃんがいると知って以来、城戸(きど)君とテレビ電話で育児の話をしまくっている。父親育児の愚痴はやはり父親同士でないと言えないのである。
 だが、今日は少々趣が違った。なぜうちの子が泣くのか分からないから知恵を貸してくれ、というのである。
 そもそもあれは理由なく泣く生き物だ、ということはすでにさんざん話題にしていたはずだが、城戸君曰くそれにしてもおかしいのだという。城戸君のところの(りん)ちゃん(5ヵ月)は「立って歩きながら抱いている時だけ、それまでご機嫌で寝ていたのに突然泣きだすことがある」のだそうだ。奥さんや義父母が同じようにしても泣かないのに、いつも寝かしつけている城戸君の時だけ泣きだすことがあるのだそうである。しかもその頻度が増えてきているという。
 それを聞いて興味をそそられた。基本的に赤ちゃんというのは座ったまま抱くより立つことを求めるし、突っ立っているより歩いたり揺することを求める。めんどくさい話である。凜ちゃんも普段は立って歩き回ることを好むし、寝付くところまでは問題ないのだという。歩き方が変なのではないか、などと色々と訊いたが、画面内の城戸君はいずれも首を横に振った。それらの理由なら毎回泣いているだろうし、頻度が増えていることの説明がつかない。だが外をバイクが通ったとか気圧が下がったとかいう外的要因もないし、お腹が張っていたとかいった凜ちゃん側の要因もないという。なのに突然わっと泣きだすのだという。
 だが、考えているうちに1つ思いついた。
 俺は言った。「ひょっとして、病院に行った方がいいかもしれない」
「うそ? 凜そんなヤバい?」
「いや、城戸君が」

 後日、城戸君から礼を言われた。検査で不整脈が見つかったという。しかも立って歩くだけで出るほどで、わりとひどいらしい。つまり凜ちゃんは聞き慣れた父親の心臓の鼓動を子守唄にしており、それが突然乱れるため泣いていたのである。そういえば、赤ちゃんは胎内で母親の鼓動を聞いている、という話もあった。安心する音なのだろう。
 凜ちゃんに命を助けられたかもしれないな、と2人でしみじみし、リビングから泣き声が聞こえたので急いで通話を切った。赤ちゃんは今日も気ままに平常運転である。


似鳥鶏(にたどり・けい) 
1981年千葉県生まれ。2006年『理由(わけ)あって冬に出る』で第16回鮎川哲也賞に佳作入選しデビュー。同作をはじめとする「市立高校」シリーズや『午後からはワニ日和』にはじまる「楓ヶ丘動物園」シリーズ、『100億人のヨリコさん』『叙述トリック短編集』『育休刑事』など著書多数。

【近著】



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