〈７月９日〉　大倉崇裕

Ｓｔａｙ(ステイ) ａｔ(アット) ｈｏｍｅ(ホーム) ｗｉｔｈ(ウィズ) ａｎ(アン) ａｌｉｅｎ(エイリアン).


　部屋(へや)でぼんやりしていると、宇宙人(うちゅうじん)が現(あらわ)れた。地球(ちきゅう)を侵略(しんりゃく)に来(き)たらしい。
「私(わたし)は暴力(ぼうりょく)が嫌(きら)いなんだ」
　皮膚(ひふ)ともスーツともつかない、黒光(くろびか)りする体(からだ)で宇宙人(うちゅうじん)は言(い)った。
「だから私(わたし)は、君(きみ)の心(こころ)に挑戦(ちょうせん)したい。どうだろう、地球(ちきゅう)をあなたにあげましょうと言(い)ってくれないか」
　ボクが地球(ちきゅう)をあげますと言(い)ったら、いったい何(なに)が起(お)きるのだろう。未知(みち)の科学力(かがくりょく)を持(も)った宇宙人(うちゅうじん)だ。きっと何(なに)か途方(とほう)もない力(ちから)で、地球(ちきゅう)を我(わ)がものにしてしまうに違(ちが)いない。
　宇宙人(うちゅうじん)は青(あお)く大(おお)きな目(め)で、六畳(じょう)一間(ひとま)の日当(ひあ)たりの悪(わる)い部屋(へや)を見回(みまわ)した。
「何(なに)もない部屋(へや)だな。目(め)につくものと言(い)えば、パソコンくらいだ。給料(きゅうりょう)は家賃(やちん)と食費(しょくひ)、スマホ代(だい)なんかで消(き)えてしまう。貯金(ちょきん)はゼロ。もし私(わたし)に地球(ちきゅう)をくれたら、もっといい暮(く)らしを約束(やくそく)しよう。おいしいものをお腹(なか)いっぱい食(た)べ、行(い)きたい所(ところ)に行(い)き、遊(あそ)びたいだけ遊(あそ)べるようにする。どうだい？　地球(ちきゅう)をあなたにあげますと言(い)う気(き)になったかい？」
　ボクは少(すこ)し考(かんが)えてから答(こた)えた。
「三ヵ月(げつ)前(まえ)だったら、喜(よろこ)んであげたんだけど」
「どういう意味(いみ)だね」
「いま地球(ちきゅう)は大変(たいへん)なことになっているんだ。ひどいウィルスのせいで、人(ひと)がたくさん亡(な)くなっているし、みんな家(いえ)から外(そと)に出(で)られない」
「知(し)っているよ」
「ボク、もう三ヵ月(げつ)外(そと)に出(で)ていないんだ」
「それは、大変(たいへん)だな」
　ボクは首(くび)を左右(さゆう)に振(ふ)った。
「全然(ぜんぜん)。仕事(しごと)は全部(ぜんぶ)リモートだし、生活必需品(せいかつひつじゅひん)はネットで買(か)える。少(すこ)しだけど国(くに)からもお金(かね)がもらえた。人(ひと)に会(あ)わなくてもいいし、外(そと)に出(で)なくてもいい。洋服(ようふく)なんて気(き)にしなくていいし、散髪(さんぱつ)にいかなくたって平気(へいき)、風呂(ふろ)に入(はい)らなくたって、誰(だれ)も気(き)にしない。そんな毎日(まいにち)が、とっても楽(たの)しいんだ。」
「風呂(ふろ)には入(はい)った方(ほう)がいいと思(おも)うが……」
「だから、あなたに地球(ちきゅう)はあげない。せっかく毎日(まいにち)が楽(たの)しくなったんだから」
　宇宙人(うちゅうじん)に表情(ひょうじょう)はないが、腹(はら)をたてていることだけは理解(りかい)できた。
「忌々(いまいま)しいウィルスめ」
　宇宙人(うちゅうじん)は煙(けむり)のように消(き)えてしまった。
　翌日(よくじつ)、ウィルスは消(き)えていた。多分(たぶん)、あの宇宙人(うちゅうじん)がやったのだろう。
　生活(せいかつ)はすぐ元通(もとどお)りになった。ボクは満員電車(まんいんでんしゃ)に乗(の)り、上司(じょうし)に怒(おこ)られ、行(い)きたくもない飲(の)み会(かい)に出(で)かけ、貯金(ちょきん)の残高(ざんだか)に一喜一憂(いっきいちゆう)しながら、どんよりとした毎日(まいにち)を送(おく)っている。


大倉崇裕（おおくら・たかひろ）
１９６８年(ねん)、京都(きょうと)府(ふ)生(う)まれ。学習院(がくしゅういん)大学(だいがく)法学部(ほうがくぶ)卒業(そつぎょう)。１９９７年(ねん)「三人(にん)目(め)の幽霊(ゆうれい)」で第(だい)４回(かい)創元(そうげん)推理(すいり)短編賞(たんぺんしょう)佳作(かさく)を受賞(じゅしょう)。１９９８年(ねん)「ツール＆(アンド)ストール」で第(だい)２０回(かい)小説(しょうせつ)推理(すいり)新人(しんじん)賞(しょう)を受賞(じゅしょう)。「白戸修(しらとおさむ)の事件簿(じけんぼ)」「福家警部補(ふくいえけいぶほ)」「警視庁(けいしちょう)いきもの係(がかり)」のシリーズはＴＶ(テレビ)ドラマ化(か)される。アニメ「名探偵(めいたんてい)コナン」「ルパン三世(せい)」の脚本(きゃくほん)も手(て)がけ、２０１７年(ねん)公開(こうかい)の映画(えいが)『名探偵(めいたんてい)コナン　から紅(くれない)の恋歌(ラブレター)』、２０１９年(ねん)公開(こうかい)の映画(えいが)『名探偵(めいたんてい)コナン　紺青(こんじょう)の拳(フィスト)』は大(だい)ヒットとなる。

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