〈4月28日〉 田中芳樹

文字数 1,254文字

オリンピックとコロナ


 もはや遠い過去になってしまったような気がするが、「2020年東京オリンピック」で大騒ぎしていた時期があった。それが1年延期されたかと思うと、金メダルのかわりにコロナウィルスが取って代わった。もともと私は今回のオリンピックにたいして興味も関心もなかったので、延期になろうが中止になろうが(つう)(よう)を感じないが、前回の東京オリンピックをリアルタイムで観た世代としては、ふと感じるものもある。
 1964年に小学生だった私は、聖火リレー、チャスラフスカの体操演技、へーシンクの柔道優勝、女子バレーボールの「東洋の魔女」などを、おおかたは観た。マラソンの円谷(つぶらや)(こう)(きち)の力走は学校のTVで観たが、授業が全校児童のTV観賞に替わったので嬉しかった(おぼ)えがある。
 そのときのオリンピックで最も印象に残っているのは、どんな名演技でも名勝負でもなく、閉会式だ。すでに暗くなった時刻だが、TV画面にあらわれたのは、ちょっと不思議な光景だった。各国選手団の旗手たちがつぎつぎとあらわれ、国旗をかかげて行進するのだが、旗手だけで、選手が出てこない。どうしたんだろう、何かあったのかな、と思っていると、ワーッと歓声があがって、スタジアムの出入口から、多くの人があふれ出てきた。列などつくらず、各国の選手たちが入り乱れて、肩を組み、手をとりあい、ハグし、笑いさざめき、ジャンプし、観客席に手を振りながら歩いていく。人種も民族も国籍も関係ない。見とれているうちに聖火は消え、夢は終わった。
 私にとって、これは歴代オリンピック史上、最高の閉会式である。どれほど巨費をかけ、奇をてらっても、これ以上、私の心にひびくことはない。今回は、とくに国威発揚の臭気がプンプンしていたから、私個人にとっては見たくもないものになっていただろう。
 どうせ国威発揚なら、さっさとコロナウィルス禍を収束させて、「さすが日本」といわせてほしいものだが、どうも期待薄である。医療現場の努力と苦闘には頭が下がるが、それをバックアップする政治に対しては、言いたいことが色々ある。もっとも、「罰則つきの強い規制を」という声には賛同できない。コロナより怖いのは、「強権と相互監視で国民一体を」と望む国民の「草の根ファシズム」である。「公園で子どもが遊んでいる」という通報が警察にあった、という話にはゾッとしましたよ。密告社会はイヤです。


田中芳樹(たなか・よしき)
1952年熊本県生まれ。学習院大学大学院修了。1978年『緑の草原に……』で第3回幻影城新人賞、1988年『銀河英雄伝説』で第19回星雲賞、2006年『ラインの虜囚』で第22回うつのみやこども賞を受賞。『夏の魔術』『アルスラーン戦記』『創竜伝』『タイタニア』『薬師寺涼子の怪奇事件簿』『岳飛伝』など著書多数。

【近著】


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